業務連絡
今日、10号店も工事に入った。
解体作業は夜中の仕事でご苦労様。
11号店の打ち合わせが8日に決定・・・・うわーーー。
僕は事務所で、POSレジがんばる君の設定。
新しいレジプリンターは速度がめちゃ速いのだがパーシャルカットではなく全カットなので少し不満。
調整に時間がかかってもう朝だああああ。
少し寝ることにしよう。
| 固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)
今日、10号店も工事に入った。
解体作業は夜中の仕事でご苦労様。
11号店の打ち合わせが8日に決定・・・・うわーーー。
僕は事務所で、POSレジがんばる君の設定。
新しいレジプリンターは速度がめちゃ速いのだがパーシャルカットではなく全カットなので少し不満。
調整に時間がかかってもう朝だああああ。
少し寝ることにしよう。
| 固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)
9号店開店日が10日に迫っている。
システム担当がここへきて開店日まで帰ってこないことになって僕はパニック状態。
システム構築で走り回っていて、不眠不休状態だ。
今回は上場に向けての大切な店なので、初期投資でタレントSEを呼んだが開発が進まないまま少し誤算。
結局EXCEL乗せ変えはまたもならず・・・不安定のままLOTUSで行くことにした。
32型液晶テレビをモニターに使うことにして入札したらつぎつぎ4台落札・・・ところがPCデータの場合少し荒いことがわかって困っている、何か方法があるのかなあ・・だれかあああ
ということでこれも計画変更、32型4台は事務所でテレビ三昧?
さあ明日から現地で担当集結、がんばるぞ!
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
9月に入ってとんでもない局面を迎えている。
なんども振り出しに戻り、また攻撃開始・・・・苦しい苦しい戦いだ・・・・信頼する人たちも逃げ腰になる気配・・・・今、逃げるな・・・攻撃せよ・・・・それが勇気を生み、奇跡を生むのだ・・・・・ふうううう・・・呼吸を忘れていたりする・・・・・。
5日は中でもとんでもなく激しくて会社の歴史でも一番の伝説として残っていくことでしょう。まあしかし社外秘ではあるけど(笑)
8日は大将対決・・相手を見切った・・・・・翌9日最終兵器投下・・・・・翌10日、相手は全面和平提案・・・・・
それを受けて11日最後の兵器・・・・まあしかし世の中何が起こるかわからない。
兵器が到着しない、最後の調達先もあってはならない事件が起こるんだよなあ。
でもまた奇跡が起こって思ってもいないところで調達・・・・ふう、滑り込みセーフ。
そして最大の、最終兵器の調達が間に合うかの局面となった。
それが駄目なら全ては無になる、会社の歴史書は完結してしまう・・・・はははは。
12日・・・・4000調達可能かもとの連絡あり。
急に思い立って13日彼岸を前にして墓参りをして、お百度を踏んだ・・・
1000でいいから・・・・・・・はははは
15日リーマンブラザーズ破綻・・・・・うーーーーー世の中何が起こるかわからない。
影響が及ぶと全てが吹っ飛ぶ・・・・急げ・・・・・
むむむむ・・・息を凝らして待つ・・・・・・・・・
16日、必死の攻防・・・・17日MUC 上島珈琲貿易民事再生申請・・・・あーーーー
18日、電車の中で電話がなる、走っているのだろうか息も絶え絶えに告げる・・・・「4000・・フー・・4000・・フー・・」・・・・・・・・・・
電車の中で方々へ「4000」とメールを打つ・・・工事現場に向かい、AKIと合流・・「おい4000やぞ!」・・・・コーナンで少し贅沢に機材購入・・・・
腹減った、昼飯食っていないことに二人気がついて、帰りに京阪デパートで回る寿司による・・・ウーロン茶で乾杯・・あーーーー二人腹いっぱい食ったわい。。。。。
二人は10年ぶりの回る寿司だと思い出した・・・・・どんな家庭や・・・・はははは。
今日はその正式決定を済ませ、計画は粛々と進みだした・・・・新たな奇跡を目指して・・・・・・・
新聞では松本引越しセンター破綻のニュースが流れる・・・・闘え・・・闘え・・・・・・・負けるな、負けるな・・・・・
今、世界は、激しく揺れだしたぞ・・・・逃げるな・・・逃げるな・・・・あきらめたときが終わりだ。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
食品偽装が米でも発覚した・・・・・
モラルの低下はとどまるところを知らない・・・ってマスコミは鬼の首を取ったようにいう。
僕はこんなとき思うんだ。
これは僕たち一人一人に問いかけようってこと。
命がけの戦いのときは先に引き金を引いたほうが勝つんだ・・・ってこと。
このときモラルってなあに?ってことなんだよね。
さまざまな分野で、偽装や、捏造は昔から行われている・・・このことは僕がずっと書き続けてきた。
ということはむしろ「モラル」が向上したから、内部告発が増え、発覚していくのだよなあ・・はははは。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
昨夜は決起会合の食事会のあと南に流れていつものバーに行って、バーボンを飲んだ。
いい店だ。憧れだなあ。
いつも物静かなマスターが昨夜は初めてこぼれるような笑顔で、昔の漫画の話で盛り上がった。
やっと客として認めてもらえたんだなあ。
混んだら困るので名前は書かない(笑)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
途方もないチャレンジをやろうとしている。
だれもが反対するのだ・・・・・それは確かに正論だ。
そんなプレッシャーのなか、AKIが書いてくれたパース図が絶妙の効果を発揮して
今日は、次の一店舗目の開店日が正式に決まった。
何度も書くが駄目な理由なら300個出る。それが普通なんだ。
でも僕はそんなことは全てクリヤーしてきた。
逃げることなんてだれにでも簡単に出来るし、それはずっと正論であり続けることが出来るんだ。
でもそんな人生楽しいか?って僕はおもうんだ .
意気投合して、涙をそっとぬぐいながら飲むバーボン・・・・・・・人生は不思議が一杯で素敵だ。
あの青春の「雪国のメランコリー」のときしんしんと降る雪のロッジの窓辺で雪で割ったバーボンを今日は飲んだ。
あーー酔ってるな(笑)
さーこれでまた闘える・・・・・闘う人は闘いなさい・・・逃げる人は逃げなさい・・・・だれのためではなく自分の人生のため・・・・・・・
本当にうまいバーボンを飲むために・・・・・・・はははは、乾杯!
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
相変わらず、もっともっと究極の局面の連続である。
新店開店したのもつかの間、その形を受けて4店舗もの依頼が来た。
折衝を続ければ続けるほど、受けざるをいけない羽目に陥ってきた。
それも開店期日の取り合いとなってきて同時OPENか?てな様相・・・・・・まあまだ決まったわけではなくそのうち何店かわ脱落の可能性もあるが「不撓不屈」の精神で立ち向かうのみ。
逃げるわけにはいけない、・・・づっと逃げないでやってきた・・・・・・・
長男、次男、と僕で開店準備室が開設された。近いうちにシステム担当も駆けつける。
やるしかない、逃げない。
駄目な理由ならいくらでもあげることは出来る。「不撓不屈」は理論ではない・・・・・自ら作ってきた世界だ。
僕のいう「撓め」は若いころは「矯め」に近い感覚つまり金属を曲げる行為に近かった。
経験をつんで、壁を乗り越えるに従い「それに加えて「押し込む」ような感覚・・・たとえて言えば次のような感じだ。
生まれたころは自分の世界は手の届く範囲、見える範囲が人生の全てであった。
育つに従いその世界は広がっていく、それは己の意思とは無関係に広がっていく。
自転車に乗れるようになったら、少し冒険して今まで行ったことのない隣町まで走っていく。
新しい世界を見ることになる・・・そのような経験をつづけて自分の地図を作ってきたのだ。
あるときは犬にほえられその付近には近寄らなくなる、徐々に広がっていく地図がいびつになっていく。
あるいはおまわりさんに怒られてあまり遠出をしなくなったりする。
そんなときが「魔界」の罠にはまるときだ、自分の居心地のよい場所にしか行かなくなる。
それは地図の領域を広げていくことにはならないでその居場所を掘り進むことになる。
それが社会的に認められる分野という宝物がうまっていたりすると、それは「天才」の道だ。
でもそんな場所はなかなかないのが普通だし、深く掘ることも困難を極める・・・ただただその場所でうろつくのみだ。
そうなってきたとき、僕たちは思い切ってその場所から逃げようとするが逃げようとする必要はないのだ。
その周囲を押し広げるように広げては戻ってきたほうがいい。
やがていつの間にか居場所は広がっているのだ。
行ったことのない場所、苦手で近寄らなかった場所には必死でもいいから行ってみよう。それでしか世界は広がらない。
自分の性格を変えようといろいろ世界を広げる作業を続けてきた。
でも世界を広げれば広げるほどだんだんと見えてくるものがある。自分の元居た場所は今もしっかりとあるということだ。
性格を変える努力なんて要らない、それはそれで大切な心なんだ。その周囲にどんどん広げていくことだ。
性格なんだからとあきらめることはないその周辺の世界を広げることでそんなことは無関係だとわかってくる。
大冒険が待っている不思議で素敵な世界は誰にでも広がっているんだ。
大きな世界を作ることで一杯の奇跡を受け取るのだ。
「不撓不屈」はその先でしかはっきりと理解できないことなんだなあ。
p.s.
そういうことでここ2ヶ月ぐらいはまたまた不眠不休となる。
ということで時々消息確認のためと業務連絡で書くことがあるでしょう。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
電脳論14まででは魔界という切り口から、心の作られ方を考えてみた。
一貫して経験したことだけ、それ以上でもそれ以下でもない、・・そういってきた。
経験とはなにか・・・・それは知識ではないということ・・・・
勉強するということは「知識」を得るということだ・・・・たとえば本を読む・・誰かの言葉を知る・・・・そんなことが知識だ。
経験とはそんな知識を繰り返すことにより習得していく・・・体としては筋力が着き、肺活力がつき持久力が増し瞬発力がつく。
そうした鍛錬が大切だということはだれでも良くわかっていることだ。
心としては、その神経としての評価回路と命令回路が太くなり合理的な検索能力と行動命令ができるとことだ。
つまり、心も鍛錬が必要だということ。
このことを僕は繰り返し繰り返しくどくどと(笑)書いている。
心を鍛錬するとはどういうことか・・・・・
たとえば次のようなシーンは誰もが悩んだことだろう・・・
混んだ電車で座席に座っているとき近くに老人が立ったときだ。
席を譲るということは社会人として当然のことである。これを言葉では誰でも知っていることなんだ。
でも自分の番に回ってきたときこれが意外と勇気がいる。
断られたら立場がない・・・老人と見てしまうことは失礼ではないか・・・・
ええ人と見られたいと思っているように周囲から見られるのではないか・・・・
わーー僕だ(笑)
そこで僕が言う鍛錬だ・・・そんな苦しさを何度も何度も繰り返すことだ。
そして立ち上がり、譲る、失敗しても次の人はまた白紙から取り組めばいい。
逃げないでなんどもなんどもチャレンジするのだ。
そのうちに、こつもわかってくる、優しい笑顔も出せるようになる。
人懐っこい平常の顔で、ちゃんと聞こえるように「座ります?」って聞きながら相手の表情を瞬間に分析し、代わってほしいんだなって感じ取れるようになるので、さっとたってその前に立つ。座ってくれると確信するまで決して席を立たないこと。(笑)
たってしまってもその場は離れないほうがいい・・・、もし断られてもすぐに座れるから・・・絶対に座らなくてはいけない。あーよかったって涼しい顔をして微笑んでいればいい(笑)
こんなことは繰り返し鍛錬して身に着けることだ。やり方を身に着けるだけではなく、折れない心の太さを作るのだ。
そのことを僕は「ため(撓め)を作る」というように捉えた。
自分をぶっ壊す・・作り直す・・と決意したときに思いついた結論だった。「山里の少女」や「しろやま2号の旅」のときだ。
がんばっても壁を越えることが出来ないときにこそ必要なものがある・・・「ため」だ。
たとえば、矢を放つとき逆方向へ目一杯引き絞るこれが普通の「ため」だ。
僕のいうもう一つの「撓め」はめがねのつるが狭くて広く矯正するときを思い浮かべてほしい。
大きく手で広げてやるとこれ以上広がらないところからさらに思い切って広げてやる・・・・大体それまでの5倍ぐらいの力が必要だ。
そうすると金属は「撓(た)められて」変形し少し広がってくれる。
竹細工では竹を暖めることで、形を作る・・これも「ため」だ。
生け花でも花の茎を曲げたりすることを「ため」という・・・・このような「ため」について僕なりに分析すると次のような感じになる。
スポーツにおける、「ため」は「貯める」又は「溜める」に近い。
ぎりぎりまで絞り、力を溜め込み一気に力を伝達する「瞬発力」を発揮する。
金属などを曲げたりねじったりして、限界を超えさせることにより変形させることは「矯める」だ。
これは「矯正」するということ。
往々にして、元の体力を阻害することがあり折れることにより瓦解につながる。
そして「撓める」という漢字を使う僕の感じ方は折れる危険を伴う「矯める」ではなく、繰り返し繰り返し限界を押し込む・・・・「不撓不屈」がいい。
普通それを自分を変えるという表現をするのだが、年老いてやっとそんな大それたことではなく、居り場所、心の幅、つまりいろいろな経験を繰り返す、苦手なことは特に・・・若ければ若いほどいい・・・
でないと、「矯める」勇気が必要になる。
赤ちゃんが自然に日本語を覚え、しっかりと右手で箸が使えるように。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (1)
僕のいう「魔界」について考察してみる。
僕たちは社会の中で、生きていくために、日夜「闘っている」。
闘っていない人が淘汰されていくのだ。
あーー「スカイクロラ」だなあ。
「戦う」・・とは僕が良く使うフレーズだが、別の言い方をすれば「がんばる」だ。
現象から言えば「社会でもまれる」・・・・中田風に言えば「人生とは旅である」だ。
そして僕のいう「人は人と過ごす、それ以外に選択肢はない」なんだ。
その過程で、いろいろな出来事に遭遇して僕たちは心を鍛えていき楽しく生きる技術を身に着けていくんだよね。
実に単純なんだ・・・・たとえばそれは日本語を覚えるってことに置き換えて考えてもいい。
幼い時から脳回路が増殖、淘汰しているときに人と過ごせば過ごした状況のとおりに吸収していくわけでそれ以上でもそれ以下でもない。
その「人と過ごす」ということが現実の世界で、それ以外を「魔界」とここでは表現している。
「テレビ」「小説」「漫画」「アニメ」「音楽」「ゲーム」「金儲け」「美」「出世」・・・・それは人と過ごす世界に混在しているわけだ。
本来そのような「魔界」世界は人と過ごすためのツールであった・・・だがどんどん競争が激しくなってきてある種の「捏造」が蔓延してきた。
発信する本人が儲けるための、成り上がるためのツールとなってきたわけだ・・・そして・・・・・・・・
その「魔界」で勝ち残るために往々にして「人と過ごす」という世界を犠牲にして・・または「人と過ごす」ことを避けて、または苦手だから・・・・「魔界」に身を投じるわけだ。
魔界地図はそのように書かれている。現実世界の地図ではない。
現実は地球規模で、生き残りのため勝ち残るため必死の攻防がなされている。
大人はみんな戦っている・・・・でもね、闘っているから素敵なんではないんだなあ。
自分だけが生き残るために闘うんだから何でもありになっているんだ。
ちょっと輻輳してきた、寝る(笑)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
魔界から送り込まれるメッセージは少年少女に確実に届いている。
それは疑いようがない。
「魔界からのメッセージ」とは大人になるためには必要な部分ではある。
ただ、基本的なツール能力を失ったときそれは地獄編、煉獄編として顕現する。
「孤独」の罠にはまったときだ。
人は人と過ごす・・・・・生きるために必要な基本的なツール・能力が備わっていないとその「孤独」の罠にはまる。
「ひぐらしの鳴くころ」は不気味なメッセージがある・・・・かわいいキャラクターの奥に潜むものは幼い少女にどんなメッセージをとどけたのだろうか。
バトル・ロワイアルでは最悪のパターンでメッセージを受け取ってしまった少女が居た。
バイオハザードでは僕の子供たちも衝撃的な影響を受けて心臓検査までして彼らは自発的にそんなゲームを封印した。
もっと生きることに必要な「仲間と作る音楽」というものに目覚めていった「天国編」が彼らを救ったのだろうなあ。
「孤立」をあなどらないように!・・・それは魔界からの罠だ、脱出せよ・・・・・
最近のストリートファイターの実行者たちはそのような殺戮の魔界伝説を現実のものとして受け取っている。
そのゲームをやってみたら理解できることなのだ。
今のゲームがいかに現実的な描写をしているか。
もはや実写よりも現実的な世界なのだ。
子供たちの心の世界に大きな要素として「魔界」地図が刷り込まれている。
いまや誰しも「闘う」というスイッチが入ったときはいとも簡単にストリートファイターになりうる。
「お前の母ちゃんでべーそ」とまったく同じ「戦闘」なんだ。
さあ、飲み会やろうぜ!(笑)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
先月8店目が無事開店したのだが、次の店の計画が進行していて息を抜けない。
ただ、電脳論としての心の解析をしている僕としてはここのところ避けていてはいけない事件が一杯起こっていて急遽書いておくことにした。
通り魔事件が多発している。
僕はこの現象が良く理解できるのです。
誰しもがこのような心理状態を経験しているのですが、そんなことはとっくに忘れていることが多い。
それは大人になったってことで終わらせることも可能なのですが、実はそのことが、通り魔事件の真因だとまで僕は思っている。
孤立して、思うように行かない・・・苦しい・・・不満だ・・・愚痴がでる・・・腹が立つ・・・
誰かの悪口をいう・・・この現象は物理現象です。
電脳論としては、なんの不思議でもなく、プログラムがそのように書かれているのですから。
そこで「誰かの悪口を言う」という部分ですが、これは攻撃態勢に入ったということですね。
「おまえのかあちゃんでーべそ」って言ったことありません?僕の子供時代はよく言いました(自爆)
それはそのような「攻撃戦略」しか持っていなかったことにほかならない。
エンタツやあちゃこ、こんちゃんたちがよく言っていたことを取得したに過ぎません。
「殺すぞ!」って言葉なんかは辞書にもなかった・・・はははは
その武器はいつごろ魔界から送り込まれたのだろうか・・・そうだなあ、漫画でいえば「お前はもうすでに死んでいる」なんて「3年殺し」ぐらいからかなあ。
柔道や、相撲から戦うことを学んだ時代は相手を投げ飛ばした時点で勝負は終わりみたいな喧嘩があってあまり怪我をするなんてことはなかった。
「蹴飛ばす」って武器はプロレスからかもしれないけど「回し蹴り」はブルースリーからだろうね。
あいや、そのころバラエティーで所得番付1,2のタレントがやった影響は大きいと思ってる。
僕が「肥後の守」を持っていた少年時代、これは折りたたみナイフなんだけど、使い方によってはジャックナイフのような雰囲気になり、かっこよかった。
鉛筆削りはナイフしかなかった時代だったから普通に持っていても不思議ではなかった。
野原で遊んでいた少年時代はそれを壁に投げつけて、忍者の手裏剣ごっこだったりした。
たまに喧嘩して怪我をさせる事件も起こったけど血が出ただけで敵も見方もおどおどしたもんだし、子供の喧嘩ですんだんだ。
さーそのように戦闘の文化を考えていくと今の攻撃態勢を魔界はどのように送り込んだのか。
ゲームと、アニメだよなあ。
「イデオン」「アキラ」世代が起こした宗教団体の事件は実に象徴的なことだった。
最終武器で世界を変えようとした。
最近の事件で共通なことは、孤独だと感じる。
孤独だとどんどん自分の心の中だけで戦いを増幅してしまう。
時代が変わってこのような現象を「魔界からの指令」などと言い出すのかもしれないなあ。
僕たちは忘れている少年のころの心を思いおこさねばいけない。
自分の心を知り、本当に大切なのは「魔界」と戦う武器を得ることなんだ。
僕たちは少年のころから周囲を観察し真似して生きてきた。そして大人になった今真似されてもいい文化を子供たちに示しているだろうか。
神戸事件の少年の日記の1節につぎのような部分がある。
「人の世の旅路の半ば、ふと気がつくと、俺はまっすぐな道を見失い、暗い森へ迷い込んでいた。」
そしてこれでさえ少年は大人の文化を真似したのだ・・・ダンテの「神曲」・・そしてそれを真似した「聖闘士星矢」・・・・ああ名前までもが・・・・・・
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (1)
元19の岡平健治さんが率いる3Bラボがちょっと大変なことになっている。
フォークシンガーの正統な流れを伝えているバンドとして「ゆず」とともに「19」は僕の子供たちにも精神的にも大きな影響を与えてきたわけなんですよね。
この前、次男と、自走ツアーの大阪へ行ってきたわけなんです。
岡平君のライブは次男も始めてだったわけで、僕たちは少しおどおどしながら行きました。
入場は、フアンクラブの人たちが優先に整理入場して、僕たち一元さんは最後に入っていったんだけどほとんど最後列・・・幸いモニターが何個かあって僕たちの1メートル前に大きなモニターがあって表情などが良く見えたので返っていい席だったかもしれない・・・でも少し僕は彼の表情に違和感を覚えた。
あがってるような感じ・・涙ぐむ・・・熱烈なフアンも含めてそれが感じられたわけで、戸惑っていったんですね。
乗らないので、岡平君もそれを感じて乗ってくれるように言うわけだけど、僕たち親子は乗らなかった・・・・
僕は若いころは何十回とライブにいったり自分たちでコンサートを運営したんで、騒ぐことは出来るんだけどそんな親父を息子たちは恥ずかしがる傾向にあるので自重したって感じ。
そのうちにバンドの仲間に対してのうまく行っていないことの暴露となって、ソロ活動をする原因をつげる。
全国全都道府県を自分で車で走りライブをやることでメンバーに結束を促しかったんだとわかったんだ。
それにも僕たちは正直寂しさを感じた。
最後に岡平君は「この大阪は今までで最悪だった」といい残して舞台を去った・・・・・・
僕は別にいいんだけど、次男はきっと寂しかったと思う・・・・づっと言葉少なかった・・・・普通コンサートが終わった後はわいわいはしゃぎながら帰るんだけど・・・・・・・・
そんな発言はかれの個人ブログで反省と、言い訳をしている・・・
そしてついにメンバーの二人がビクターから契約を解除される事態となった。
バンドが崩壊するわけではなく日当契約でバンドは出来るわけだけど、事実上の休止となる。
前回も書いたけど、バンドは大なり小なりこのようなことが繰り返し起こるんですよね。
それも30才前後に人として大きな精神的な節目は誰にも起こることなんだ。
ロックで言えばあのビートルズは名作「アビーロード」そして「レッツイッツビー」を最後にポール29歳で解散する。
まあ仲間割れだね。
僕が思い入れが強いGLAYはあの伝説の「幕張」20万人コンサートで燃え尽き解散の危機を迎えたのはやはり28、9才のときだ。
だが彼らは持ちこたえた・・・それはなぜだったか。
それは天才TAKUROの生い立ちに感じることが出来ると僕は思っている。
幼いころに父親を亡くし、大好きなおばあさんとも別れ、小学生時代は悲しくて寂しくて毎日泣き明かしていた。
音楽の芸術を高めるためにバンドをやったわけでなくただ「絆」としての仲間が大切だと思って生きてきたということ。
そのためならGLAYが大切なのではなく仲間が大切だとみんなが思っているということだ。
「BELOVED」なんかはそんなわけで、その思いを良くあらわしてる素敵なバラードだよなあ。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
人が生きるということは、誰かに求められたわけではないんだ・・・・・・
気がついたときから、とか、そう思ったわけでもない・・・・・
その前から、生まれるずっとずっと前から、僕たちは生きていたんだ・・・生まれ変わりとか、前世とかそういうことではなくて、命そのもの・・・・・・ずっとずっと太古からそれは連綿と受け継がれてきた・・・・・誰一人例外なく。
あきこねえさんが亡くなって、ふみこねえさんと僕は、途方にくれていた・・・お姉さんであったわけだがお互いの親戚に対しての立場が微妙な関係にあったわけで、残された家庭に何かができるという立場がなくなっていたといえる。
だが残された子供たちは、それぞれのお嫁入りのときふみ子ねえさんに母親代わりに指名してきてくれて、僕たちはあきこねえさんの人生が素敵だったと思えた。
悲しいことが多かったかもしれないけど、僕たちにとって確かにお姉さんだったし、素敵な女性だった。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
最近のコメント