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2008.06.16

岡平健治ライブ大阪からの旅立ち

この前のZEPP OSAKAでの自走ツアー「一生☆青春」コンサートはフアンの間でさまざまな意見が交わされている模様・・・・

僕は歌手活動はソロでやる場合とグループでやる場合でその人生観は大きく変わると思っている。
このブログで一貫して書いていることのテーマは「人は人と過ごす・・それ以外に選択肢はない」ってこと。

人と人の間にはいろいろな葛藤が生まれる・・そしていつかそれに耐えられなくなるときが来る。
一度ぶっ潰すしかないと思ってしまうときがあるんだよね。

そのなかから本当に信頼できる仲間が見えてきてまた新しいたびが始まるんだ。
岡平君・・思ったとおりにやったらええねんで・・・つぶれるな乗り越えろ・・きっと未来の君が笑って迎えてくれるから・・・・。

僕が音楽にどっぷりつかっていたころ、はフォークの神様がたくさん現われた。
そんな人に影響されて音楽につかった青春だった。
大阪の心斎橋でフォークギター教室を作って青少年会館で「日本フォーク連盟」なんか発足させたりしたっけ。

僕にとってもっとも影響を受けた人の軌跡を見てみよう。

ボブデイラン・・かれはアメリカンフォークそしてロックと世界のミュージシャンに影響を与えたひとで今の著名なミュージシャンは大きな影響を受けた・・・

かれはやはりどんどん自分を変えていってフアンからはコンサートをぶっ潰されたりしたんだけどそれに負けることなく29歳のころ「新しい夜明け」で大きく変化していった。

日本では高石友也・・・僕が孤独の真っ只中にいたときギターに出会って人生を変えてくれた人だ。
かれも28のころ「冬眠コンサート」で山陰にこもり、29のころカンツリーウエスタンで蘇る。
そのナターシャーセブンのデビューコンサートを偶然東京で放浪してたとき見つけ、紀伊国屋劇場を出て銀座の雑踏の中で僕は一人泣いていたっけ。

岡林は教会牧師の息子だったがフォークの神様と呼ばれることを嫌い、やはり畑を耕すことになる。
29のとき突然「うつし絵」で「演歌」に転向・・・

五つの赤い風船の西岡たかしは僕たち仲間は思い入れの強いひとで僕たち団塊の世代に大きな影響を与えた。
「遠い世界に」は教科書にまで載ったんだけど・・・「僕は荒野に一人いる」・・「ゲームは終わり」を出して解散。
29のときソロアルバム「満員の木」を出す・・・・歌詞は・・始めは始めは木だったので・・・そのうちに木に鳥で木に鳥だったりで・・・そのうちにそのうちに満員の木だったりで・・木ですら涙を流すのであります・・・・って感じだったんだけど・・・その気持ちをよくあらわしているんだよね。

今若者は混迷の時代にいるのかもしれないけど、本当は昔からみんながたどってきた道なんだ・・・それはフアンの人たちにも同じことが言える、いろいろな人と過ごすことで鍛えられる・・・乗り越えろ・・・逃げるな・・・・未来の自分だけはきっとわかってくれるから。

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