電脳論12 魔界伝説
先月8店目が無事開店したのだが、次の店の計画が進行していて息を抜けない。
ただ、電脳論としての心の解析をしている僕としてはここのところ避けていてはいけない事件が一杯起こっていて急遽書いておくことにした。
通り魔事件が多発している。
僕はこの現象が良く理解できるのです。
誰しもがこのような心理状態を経験しているのですが、そんなことはとっくに忘れていることが多い。
それは大人になったってことで終わらせることも可能なのですが、実はそのことが、通り魔事件の真因だとまで僕は思っている。
孤立して、思うように行かない・・・苦しい・・・不満だ・・・愚痴がでる・・・腹が立つ・・・
誰かの悪口をいう・・・この現象は物理現象です。
電脳論としては、なんの不思議でもなく、プログラムがそのように書かれているのですから。
そこで「誰かの悪口を言う」という部分ですが、これは攻撃態勢に入ったということですね。
「おまえのかあちゃんでーべそ」って言ったことありません?僕の子供時代はよく言いました(自爆)
それはそのような「攻撃戦略」しか持っていなかったことにほかならない。
エンタツやあちゃこ、こんちゃんたちがよく言っていたことを取得したに過ぎません。
「殺すぞ!」って言葉なんかは辞書にもなかった・・・はははは
その武器はいつごろ魔界から送り込まれたのだろうか・・・そうだなあ、漫画でいえば「お前はもうすでに死んでいる」なんて「3年殺し」ぐらいからかなあ。
柔道や、相撲から戦うことを学んだ時代は相手を投げ飛ばした時点で勝負は終わりみたいな喧嘩があってあまり怪我をするなんてことはなかった。
「蹴飛ばす」って武器はプロレスからかもしれないけど「回し蹴り」はブルースリーからだろうね。
あいや、そのころバラエティーで所得番付1,2のタレントがやった影響は大きいと思ってる。
僕が「肥後の守」を持っていた少年時代、これは折りたたみナイフなんだけど、使い方によってはジャックナイフのような雰囲気になり、かっこよかった。
鉛筆削りはナイフしかなかった時代だったから普通に持っていても不思議ではなかった。
野原で遊んでいた少年時代はそれを壁に投げつけて、忍者の手裏剣ごっこだったりした。
たまに喧嘩して怪我をさせる事件も起こったけど血が出ただけで敵も見方もおどおどしたもんだし、子供の喧嘩ですんだんだ。
さーそのように戦闘の文化を考えていくと今の攻撃態勢を魔界はどのように送り込んだのか。
ゲームと、アニメだよなあ。
「イデオン」「アキラ」世代が起こした宗教団体の事件は実に象徴的なことだった。
最終武器で世界を変えようとした。
最近の事件で共通なことは、孤独だと感じる。
孤独だとどんどん自分の心の中だけで戦いを増幅してしまう。
時代が変わってこのような現象を「魔界からの指令」などと言い出すのかもしれないなあ。
僕たちは忘れている少年のころの心を思いおこさねばいけない。
自分の心を知り、本当に大切なのは「魔界」と戦う武器を得ることなんだ。
僕たちは少年のころから周囲を観察し真似して生きてきた。そして大人になった今真似されてもいい文化を子供たちに示しているだろうか。
神戸事件の少年の日記の1節につぎのような部分がある。
「人の世の旅路の半ば、ふと気がつくと、俺はまっすぐな道を見失い、暗い森へ迷い込んでいた。」
そしてこれでさえ少年は大人の文化を真似したのだ・・・ダンテの「神曲」・・そしてそれを真似した「聖闘士星矢」・・・・ああ名前までもが・・・・・・
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