電脳論2 CPUは今日も暴走する
このシリーズは僕の考える「心」についての僕の「極論」を書き綴っているものだ。
色々な個別の事情に分け入って書く部分と大筋を書いていく部分が交錯するのだがそのことを理解しておいて欲しい。
個別の事情についてはなかなか言葉で書くわけに行かないことが多いので、もしそのことで意見交換が必要であればメールなり、飲み会などで語っていきたい。ただし僕はお酒に強くないからね(笑)
えーとちょっと元に戻して、「心」について書いてはいるがそれは生まれて心が形成していく過程を考察しているもので、「病気」克服のために書いているものではないので取り扱い注意です。
そのような場合には逆効果になる言葉を使うことが多くなると思っている。
心と体を対比させることが多いが、長く走り続けて疲れて倒れるtこことがある。
怪我をしたり熱の病気になったりすることがある。
その場合対応方法がとられる。
薬や手術や安静にすることなどである。
そして又走りだすのだ。
その場合同じようにまた倒れてしまうことがしばしば起こる。
倒れないような体に鍛えることが必要だし、そのために何が必要かを求めていくのだ。
そのための新しい考え方として、最近では、養老 孟司 や茂木健一郎 が心の仕組みを解明してくれている。
それは心を修復するためではなく、鍛えるために必要なことなのだと僕は思っている。
それを学問として読んで感動することは簡単なのだがそれを実行することは至難の技。
でもそれを読んだだけで強くなったと思い込んでしまうことが多いのが実情。
言葉で理解して大人になって来たために破綻していく事例があまりにも多くて僕はいたたまれないのですよ。
そのことを僕はこのBLOGで一貫して書いてきた。
具体的に書くと追い込んでしまうことはわかっているのとそのことが本意ではないのででかけないのだけど。
そのような鍛えるという行為は10年20年というスパンで考える必要がある。
それは丁度生まれて大人になっていく時間と符合する。
破綻したと感じたとき、「旅に出る」って感じの生まれ変わりの決意が必要。
それが10年20年だ。
それは個別にはさまざまなことがあるのだからそれぞれの旅をすればいい。
揺るぎのないものを求めて生きていくしかないけど誰にもできることではないのだけどそのために生きることってなにものにも優先するような気がする。
すべての枝葉を取り去って残るものは「人のせいにしないでたんたんと笑っておれる心」かなあ(笑)(笑)(笑)
あーーCPUって信じられないものすごい性能があるんだけど、冷やさないとダメなんです。
フアンをその頭につけていつも冷やしてるんだけど、そのフアンが実はちゃっちいんで古くなるとフアンが止まったまま使っていてCPUが暴走するってよく起こります。
フアンを使わないで自然冷却だけでいいようになっているCPUもあるんだけど、性能はそこそこだけどいつも変わらぬ笑顔を見せてくれて信頼できる・・・・・はははは。
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