岡平健治ライブ5 GLAY伝説
元19の岡平健治さんが率いる3Bラボがちょっと大変なことになっている。
フォークシンガーの正統な流れを伝えているバンドとして「ゆず」とともに「19」は僕の子供たちにも精神的にも大きな影響を与えてきたわけなんですよね。
この前、次男と、自走ツアーの大阪へ行ってきたわけなんです。
岡平君のライブは次男も始めてだったわけで、僕たちは少しおどおどしながら行きました。
入場は、フアンクラブの人たちが優先に整理入場して、僕たち一元さんは最後に入っていったんだけどほとんど最後列・・・幸いモニターが何個かあって僕たちの1メートル前に大きなモニターがあって表情などが良く見えたので返っていい席だったかもしれない・・・でも少し僕は彼の表情に違和感を覚えた。
あがってるような感じ・・涙ぐむ・・・熱烈なフアンも含めてそれが感じられたわけで、戸惑っていったんですね。
乗らないので、岡平君もそれを感じて乗ってくれるように言うわけだけど、僕たち親子は乗らなかった・・・・
僕は若いころは何十回とライブにいったり自分たちでコンサートを運営したんで、騒ぐことは出来るんだけどそんな親父を息子たちは恥ずかしがる傾向にあるので自重したって感じ。
そのうちにバンドの仲間に対してのうまく行っていないことの暴露となって、ソロ活動をする原因をつげる。
全国全都道府県を自分で車で走りライブをやることでメンバーに結束を促しかったんだとわかったんだ。
それにも僕たちは正直寂しさを感じた。
最後に岡平君は「この大阪は今までで最悪だった」といい残して舞台を去った・・・・・・
僕は別にいいんだけど、次男はきっと寂しかったと思う・・・・づっと言葉少なかった・・・・普通コンサートが終わった後はわいわいはしゃぎながら帰るんだけど・・・・・・・・
そんな発言はかれの個人ブログで反省と、言い訳をしている・・・
そしてついにメンバーの二人がビクターから契約を解除される事態となった。
バンドが崩壊するわけではなく日当契約でバンドは出来るわけだけど、事実上の休止となる。
前回も書いたけど、バンドは大なり小なりこのようなことが繰り返し起こるんですよね。
それも30才前後に人として大きな精神的な節目は誰にも起こることなんだ。
ロックで言えばあのビートルズは名作「アビーロード」そして「レッツイッツビー」を最後にポール29歳で解散する。
まあ仲間割れだね。
僕が思い入れが強いGLAYはあの伝説の「幕張」20万人コンサートで燃え尽き解散の危機を迎えたのはやはり28、9才のときだ。
だが彼らは持ちこたえた・・・それはなぜだったか。
それは天才TAKUROの生い立ちに感じることが出来ると僕は思っている。
幼いころに父親を亡くし、大好きなおばあさんとも別れ、小学生時代は悲しくて寂しくて毎日泣き明かしていた。
音楽の芸術を高めるためにバンドをやったわけでなくただ「絆」としての仲間が大切だと思って生きてきたということ。
そのためならGLAYが大切なのではなく仲間が大切だとみんなが思っているということだ。
「BELOVED」なんかはそんなわけで、その思いを良くあらわしてる素敵なバラードだよなあ。
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