カテゴリー「恋愛」の33件の記事

2006.03.29

30年前への招待状

初老を迎えていた僕は、息子もふたり小学生になっていて
元気に明るく育っていてくれて、幸せであった。
事業も幾多の奇跡があって大きな借入金もほぼ完済、IT事業へ
の参入も大きな契約案件が舞い込んでいたころであった。

あーー今やはり初老の柳君がいて互いの息子自慢を語ったり
することなど想像していたころに突然の30年前へのタイムスリップ
の招待状であった。

祭りの夜・・・

黒いクラウンからあわただしくおりてきたのは同期の晃三だった。

クラウンは僕を乗せて夜の街を無言で走る。

そこは通夜の夜だった、無言の親父さん、泣くおふくろさん、
そこで僕への手紙を渡される・・中は警察が調べのため開封され
ていた。


よりよく生きることは至難です・・・・・・
絶対の信頼こそ永遠の絆・・・・


以来僕はその思いを受け継いでこれたのだろうかなあ・・・

どう?なあ柳・・初老の柳に40年後の今たずねることができる僕がいる・・・
なあ答えてよお!・・・・えっ?無理?・・えーーっ・・・はははは。
彼が笑ってる・・・・・・・・・・・はははははははは・・・・・・・・・・・・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.03.26

30年後の招待状

1996年・・・・あの日から30年がたっていた・・・・
突然一通の招待状が舞い込んだ。

=========================================|
旧○○サービス株式会社社員の皆様
  
                同窓会実行委員会幹事

皆さんお元気でしたでしょうか、1960年当時小さな
家族的な僕たちの会社はその後どんどん大きくなり
ましたが、とうとう私も定年退職することとなりました。

そこで有志が相談して当時の社員を探し出し同窓会を
しようと思い立ちました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

=========================================|

当時の地方営業所も含めて100名ほどの社員名と
判明した現在の連絡先をつけて名簿が添えられていた。

あーーなつかしい思ってもいなかったすごい招待状だ。
そしてその中に瀬戸内海の小島の住所の姓の変わった
M子の名前が載っていた・・・・・・・・・

あぁ・・・・・・・

ひゅんひゅんひゅんひゅん・・・・・・・・・・
エスカル号1965年8月・・・・・・・・M子からの手紙・・・・・・・・

なぜなのですか、なぜ彼は・・・・すぐにでも行きたいのですが
取り乱す私を親は家から出してくれません・・・せめて親友だったあ
なたから彼のことを聞きたい・・・・ごめんなさい・・どうか・・・・・
私はどうしたらいいのでしょう・・教えて・・・・・・・・・・・・・・・

M子への手紙・・・・・・・

ごめんよ、僕が・・・・救えなかった・・・・・・君のせいではない
僕のせいだ・・・・・
君はしっかり生きてほしい・・・そして何十年かたって年をとった
僕たちはきっと・・・そうだそんなこともあったって・・・今は・・・
今はそんなこと考えることもできないけど、彼のためだから・・・

ひゅんひゅんひゅんひゅん・・・・・・・

同窓会への参加のはがきをだして僕は思った・・・あーーー
M子は来てくれるのだろうか・・・・・僕は行くよ・・・・・・・・・・
M子にあったら僕は号泣するのだろうか、それとも笑顔で
彼女を抱きしめるのだろうか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・
以来数度の参加をしたがM子との再会は未だ実現していない・・
その親友たちはみんなで彼女の島へ行こうよって言ってくれる
のだがそのこともまだ実現していない・・・

あーーー人生は不思議で素敵だ・・・・・・・


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.03.10

しろやま2号の旅3

汽車は僕の弱さや自意識過剰の現象をのせて九州を南へ南へ
下っていった。

だがそのときはなぜそのようなことになるかは漠然としていてわ
かっていなかったのだ。

病床の母親の代わりに九州南端の母親の故郷の地に旅し、その
帰阪の途中青島などに立ち寄り自分を見つめることになり大人に
なれないでいる自分に気がつき打ちひしがれて行った。

そして病の床にいる母親を思い出し、かけがえのないものを失うこと
が耐え難いことと気がつき一秒でも母親の元にいたいと戻っていった。

しろやま2号のたび 1965-3 〜完〜

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006.03.04

しろやま2号の旅2 1965年3月 

大阪駅を昼過ぎに発ったしろやま2号の僕はボックス席の向かい側に座った
赤いマニキュアの素敵な女性に少し圧倒されていた。
女性は雑誌を読んでいた。

その雑誌はその月創刊された平凡パンチだ。
日本で始めての男性週刊誌は当時としてはずいぶん思い切った記事と
写真で話題となっていた。

しばらくして読み終えた女性はその雑誌を僕に差し出していった。

「読みます?(^_^)」

「あっどうも・・・・・」

まずい・・・・圧倒されてる・・・・ましてや平凡パンチやもんなあああ
受け取ってしまったけどじっくり読んだりヌード写真を見るのもおかしな
ことやし、うーーーーどうしたらいいんやあ・・・・・・・
まあ見ないわけには行かないし、しばらく読んでから女性に返す・・

「どうも・・・・」

あかん僕にとっては一番悪いパターンや・・自意識過剰の僕にとって
最悪・・・

そのうちボックス席の隣に女子高生の二人ずれが座った。
その女子高生が僕たちにみかんをくれる・・・・

「みかんどうぞ(^_^)」

「どうも・・・・・」

うーーーーはまり込んだあ・・・・・
いまさら明るく振舞うことも出来ん・・・・・・・どうしたらいいんだーーーー
あーーそうや寝てしまおう・・・・。

それからの僕は人生につかれきった、物思いにふける寡黙な青年に
なっていた。

彼女がおりる熊本までの旅の間一言も言葉を交わすこともなく汽車は
驀進していった。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006.01.14

紀元2106年1月のエスカル号

さわやかな青年がいる・・・・横にさわやかな少女・・・・・
僕はすぐそばでそれを眺めていた・・・・・・・・・・・・・・・

青年はひょっとして僕の子孫かもしれないとなぜか感じた・・・
だって僕のような気がしたんだけど僕は彼をそばで見ているのだし
その会話がちょっと不思議なものだったから、きっとエスカル号の
時間設定を100年後にして動かしてしまったんだと思ったんだ。

二人は恋人のような感じだ・・・・それほどさわやかで素敵なカップ
ルだった。

青年が少女にこぼれるような笑顔で話す・・・・

「なあ君はいつも優しいよなあ、笑顔も素敵だし・・・・・・
でもなんか僕とは違うんだなあ・・・」

「えーーどうしてえそんなこというの?私は変?」

「いや、変だって言うんじゃーないで、ごめんごめん・・
ただ、僕はいつも感じてることがあるんだなあ・・」

「なあに・・言ってよ(^_^)」

「僕はいつも君に不思議な優しさをもらってるんだ
それがなにかはわからないんだけど、なにか僕は
その不思議なパワーを感じる・・・・・
パワーといってしまったらそれは違うんだけど言葉は
みつからないんだけど・・・・・・」

「はははは何言ってんの急にへんなこと・・・(^_^)」

「ははははそうだね、でもなんか生きていくことそのも
のにかかわっているような気がして」

「生きていくことお?・・・はははは・・うーーんそうだね・・・
私の秘密聞いてくれる?いつか話さねばいけないと
思ってた・・(^_^)」

「えっうん話してよ(^_^)」

「人間が生き残っていくため科学はものすごく発展して
きたわ・・・そう100年ほど前の世界はイデオロギーが
崩壊して新しい心のよりどころを探すための試みが
いろいろな人たちの中で始まったのよね・・・・・・・・・

でもなかなか心の中は解明できなかった・・・・・・・
当時の若者はどんどん追い込まれていったみたい」

「うん、それは僕も知ってるblogの100年ほど前の
僕の先祖の人がそんなこと書いてた・・・・でもなんか
めちゃくちゃ違う話になってない・・・はははは」

「うんわからないと思う・・・・私のやっぱり100年ほど
前の祖先の人がある選択をしてしまったの・・・・・・・

それはね心は体だってことに気がついて心の安らか
さは試練が必要だっていうのよ・・・・それは色々な
方法が考えられて私は呼吸を人の半分しかしないこと
を選んだの・・・・・・・・はははは気がついてたあ?」

「えーーーーーっなにそれ?うそだろ!」

「きゃははは・・・本当よ(^_^)・・・私は生涯呼吸は人の
半分しかしないと決めたの・・・まあ決めたというか
素敵な人と生涯を楽しく生きるためにはそんな選択も
あるって言うことよ・・・・あなたはあなたでいいの!
素敵だから・・・きゃははははは・・・・・」

ひゅんひゅんひゅんひゅん::::ジリジリジリ・・・
あーーー9時だよおお

へんな夢だった・・・・今日は災害訓練で店の開店が
遅いのでゆっくり出来たけどそれにしても変な夢だった

さーみせにいくど。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.09

山里の少女 8 超時空編

「ねえ・・また来る?いつ来る?」

「・・もうこない・・・・」

「えっもうこないの?」

「・・うん・・・・」

押し黙る少女・・・・・・3時の汽車の時間が迫る・・
少女は立ち上がり中へ入る・・・・・・・・・・・・

汽車の時間がせまるがなかなか少女が出てこない・・・
駅までは歩くと5分はかかる・・・
そのとき奥から妹が出てくる・・・・・

「お客さん・・私が送っていく・・・・」

「えっつ?・・・・ありがとう・・・・・お姉さんは?」

「うん部屋に上がって出てこないから私が送る」

「・・・・・なぜなのか理解できないまま妹が自転車を
出してきて、僕が後ろに乗る。

宿を後にして駅までの道をひた走る・・・押し黙る二人。

駅に着き切符を買い改札に入る後ろを振り返ると妹が
笑顔で手を振っている・・・・僕も笑顔を返し手を振る。
「さようならあああああ!」
「さようなら・・・・」

そのままホームへ出ると汽車が入ってくる・・・
やがて僕を乗せた汽車は汽笛を鳴らし山里の駅を出る。
道で妹が手を振っている・・・ドアの前に立ち僕も手を振り
汽車は速度をあげる。

少女がいないかと僕は線路横の道を眺める・・・・
やがて宿の横に差し掛かる・・・・なぜか僕は腰掛けて
宿の反対側に向いたまま汽車は速度を上げ汽笛を鳴らす。

照葉樹林の谷間を抜けやがて分水嶺の峠を越えて汽車は
太平洋側へと下り始める・・・・

昨夜は眠れなかったのでなんか疲れがどっと出てくる。

窓に持たれて目をつぶる。・・・・

そのとき、僕の前に何かの気配がした。

わーー大きい犬だあ、どうしたんだろう飼い主らしい人は
いないのに・・・
その犬は僕の前でちょこんと座っっていた。

手をだすと擦り寄ってくる、優しい目で僕に何かを語る・・・

そのとき次の駅からおばさんがあわただしく乗り込んで
きて僕の車両に入ってきた。

「あーーーーここにいたのキャロッ!!」

「あーーおばさんの犬ですか?やさしそうな犬ですね」

「あーーかわいいでしょ!・・あーー前の駅で見てたら
キャロットたら汽車に乗り込んでしまったので、車で追い
かけてきたのよ!あーーよかった40年も前に置いてき
ぼりにしてしまうことになったらともうびっくりしたのよ」

えーーこのおばさん・・何言ってんの?いみわからん・・

「そうそう、きっとそうよ女は素敵な恋は忘れないわ!」

えっ?気がつくと隣の座席にかわいい猫を抱いた素敵な
おねえさんがいる。僕と同じ年ぐらいだろうか・・あーー
そういえば宿の少女に似てるなあボインだし・・・・・・・・

でもこの人たち何なんだろう意味わからん。


「おばさんもおねえさんも大阪まで帰られるんですか?」

「いやすぐ消えます・・」
「わたしも」

なに言ってんだろうこのひとたち。消えるだなんて。

「あーー青年!失恋でもしたの?」

「えーーそんなことないです・・・・・・・・」

「そう、まあ若いうちはなんもわからないうちに女の人を
泣かしてしまうこともあるけど、女の人は生涯のいい思
い出としてきっと君を思い続けてくれると思うよ!だから
いろいろいっぱい恋をしたらいいねんで(^_^)」

なにいってんだろこのおばさん・・いみわからん。

そのとき窓の外で何かが光った・・ひゅんひゅんひゅん


「あーー青年、エスカル号が出るみたい、元気でね!また
会えるよねどこかで」

「あーー私も行きます、ではばいなりーー」
「わんわんわん」


「えっつ?」

気がつくとその犬とおばさんとおねえさんはいなくなっていた。
あーーなんだったんだろううとうとしていたから夢か?


僕は呆然と遠く輝く樅の山々を眺めていた。
茫漠とした心の奥からふつふつとわいてくるものがあったが
それが何を意味するかまだ気がつかない僕であった。

驀進する汽車の窓から夏の終わりの日差しが僕を照らして
いた。


山里の少女 8 超時空編 〜完〜

| | コメント (7) | トラックバック (1)

2005.12.08

山里の少女 7

工事は順調に進み、竣工した。
最後の日は午前中数軒のテレビ受像機の故障の点検に
電気屋さんと回る。

昼食を宿でとり、昼過ぎの3時の汽車で帰る。
昼食に少女がいつも以上の料理を運んでくれてかいがいし
く世話を焼く。

「なんかあ、もう帰るんやねえ。」

少女が微笑みながら僕を見つめつぶやく。

「うん・・・・」

なんとなく元気のない返事でかえす僕。

「3時の汽車で帰る?」

「うん・・・・」

「自転車で送っていくね!」

「うん・・・・」

食事が終わって少女はあとかたずけに出て行き僕も部屋に戻り
荷物をかばんに詰める。
雪見障子から夏の終わりの日差しがさしている。

あーー終わりかあ・・・・寂しさが襲ってくる。
2時過ぎに表の床机に腰掛け、3時を待つ。

少女が出て来て横にかける

「あーーもうすぐ汽車来る・・・たのしかった
 わたし就職大阪行きたい・・いい?」

「えつ?親は?」
「たのんでみる」

「いい?」
「うん・・・」
とまどう僕・・

「ねえ・・また来る?いつ来る?」

「・・もうこない・・・・」

「えっもうこないの?」

「・・うん・・・・」

押し黙る少女・・・・・・3時の汽車の時間が迫る・・
少女は立ち上がり中へ入る・・・・・・・・・・・・

汽車の時間がせまるがなかなか少女が出てこない・・・
駅までは歩くと5分はかかる・・・
そのとき奥から妹が出てくる・・・・・

「お客さん・・私が送っていく・・・・」

「えっつ?・・・・ありがとう・・・・・お姉さんは?」

「うん部屋に上がって出てこないから私が送る」

「・・・・・なぜなのか理解できないまま妹が自転車を
出してきて、僕が後ろに乗る。

宿を後にして駅までの道をひた走る・・・押し黙る二人。

駅に着き切符を買い改札に入る後ろを振り返ると妹が
笑顔で手を振っている・・・・僕も笑顔を返し手を振る。
「さようならあああああ!」
「さようなら・・・・」

そのままホームへ出ると汽車が入ってくる・・・
やがて僕を乗せた汽車は汽笛を鳴らし山里の駅を出る。
道で妹が手を振っている・・・ドアの前に立ち僕も手を振り
汽車は速度をあげる。

少女がいないかと僕は線路横の道を眺める・・・・
やがて宿の横に差し掛かる・・・・なぜか僕は腰掛けて
宿の反対側に向いたまま汽車は速度を上げ汽笛を鳴らす。

照葉樹林の谷間を抜けやがて分水嶺の峠を越えて汽車は
太平洋側へと下り始める・・・・

僕は呆然と遠く輝く樅の山々を眺めていた。
茫漠とした心の奥からふつふつとわいてくるものがあったが
それが何を意味するかまだ気がつかない僕であった。

驀進する汽車の窓から夏の終わりの日差しが僕を照らして
いた。


山里の少女 〜完〜

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005.11.27

山里の少女 6

鎮守の森への参道の両側には縁日の夜店が並ぶ。
鎮守前の広場ではやぐらが組まれ、盆踊りが始まっていた。
二人は夜店をのぞき、綿菓子を買う。

すいていた参道もいつの間にか混んできて二人の距離は
近くなりいつしか手をつなぐ。

少女は少しはにかみうちわで口を隠す。
やぐらには男集が鉢巻姿で太鼓をたたく、やがてSPレコードの
歌が流れ、踊りの輪が出来る。

二人は手をつないだまま眺める。
なぜか会話が途切れ押し黙る二人。

やがて人ごみに押し出されるように広場をでて、川にかかる
橋の上に歩く、そこは祭りの喧騒も少しはやわらいで幼い子供
たちが線香花火に興じている。

欄干にもたれ顔を見合わせるが会話を交わすこともなく月明かりの
川面を眺める。

あっ!ほたる!・・僕がその沈黙をやぶる。
えーーほたる?・・うそおお!
もうほたるは終わったん違う?

でもほらほらあそこ、ほらほら!違うかなあ!あそこ!
指の指す方向にのりだし肩が合う二人・・・

太古より男と女はこんな時を刻んできたのだろうか。

やがて二人は笑いながら手をとってまた祭りの喧騒の
森へ走っていった。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2005.11.20

山里の少女 5

山里は真夏だった。
日差しは強く集落の民家の屋根や軒先で仕事をするのは大変である。

その日は遠くの鎮守の森から祭り太鼓が聞こえてくる。
僕はその夜の縁日に思いをはせていた。

仕事は順調に進み、宿に戻る。

少女はいつものように僕に風呂をすすめ、食事中かいがいしく世話を
焼いてくれる。
いつもよりは妖艶で微笑を絶やさなかったが、口数は少なかった。

食事が済む。

「じゃあ私後片付けがすんだら用意するから表でまってて!」

僕はいつものように表の夕暮れの床机にすわり涼んでいる。
遠くで祭り太鼓がだんだん激しく聞こえてくる。

鎮守に向かう村人が前を通る。
すっかり日は落ちて暗くなり一段と太鼓の音が激しくなる。

「おまたせ」少女が出てきた。
少女は浴衣姿・・あーー素敵だ。

その手には2枚のうちわ・・・・・はにかむように一枚をだまって
僕に差し出す。

僕もはにかみながら受け取り、いたたまれず鎮守の方へ歩き出す。
少し遅れて少女も歩き出す・・・・黙って歩く二人。

そのうちに少女は僕に追いつき横にはなれて歩く・・・
ときどき二人目を合わせ照れて微笑む・・・・・・・


祭り太鼓が二人をいざなう・・・ああ夜よこのまま・・・・・・・・・・


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.11

山里の少女4

仕事は順調に進んでいた。
夕方早い目に仕事を切り上げ、少女と過ごす。

「ねえ、歌手はだれが好き?」
「そうやなあ、橋幸夫すきやなあ、舟木もええし、新人賞とったな。

「私・・西郷輝彦・・」
「あーなんか新人らしいけどどうなん?」
「ものすごい売れてるよ・・君だけを・・・・・大好き」

「どんな歌やったかなあ・・うたってえよ」
「♪いつでもお いつーでもお きみいだあけえをーーー♪」

そんな時間を過ごしていた・・

「なあ大阪ってええとこ?」
「うーーんええとこかどうかようわからんけど僕は大好きやなあ。
でもここはもええとこやと思うけどな。
ここと違うことはあ 喫茶店がいっぱいある、映画館もいっぱいある、
卓球場、とか、スケートリンクとか、野球場とかほら甲子園!、それから百貨店もあるやろ!
せやけどここからやったら日本海側に行けば結構大きい町あるんちゃうん?」

「うん福知山まで行けばあるけど、ちっちゃいなあ・・・都会に行ってみたいなあ」

「そろそろ就職先さがさなあかんねん・・親は福知山に行けっていうねん・・家から通うなら
そこしかないけど、大阪行ってみたいなあ、許してくれへんやろなあ」

「うーん、大阪やったら仕事いくらでもあると思うけど、だれか親戚でもいてるん?」
「ううんいてへん」
「そうかあ、そら親しんぱいやなあ」

「うん知り合いならいてるねん」
「そうなん、ほんならなんとかなるんちゃうん」

「うん、その知り合いって、目の前にいてる人・・」
「えーーーーーー僕?」
「はははは」

そのころ日本ではやり始めた、ミニスカートから伸びた肉付きのいい太ももに
目のやり場に困りながらもちらちらと見る僕があり、女というには足らず少女と
いうには過ぎた乙女の香りが僕を包む。

「ねえ、明日、鎮守でお祭りやねんで・・一緒に行く?」
「えっ!お祭り!うん行く!どんなお祭り?」
「盆踊りがあってお店がいっぱい出て、村の人みんな行く」

「そうなんやあ、村の鎮守のお祭りかあ!楽しみやなあ、仕事早い目に切り上げる」

「うん始まるのは暗くなってからやからお風呂ははいって、ご飯食べてからでええと
思う。」

「わかった」


夏は盛りを迎えていた。

Satoyama1


| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005.11.07

山里の少女3

暑い夏であった。
ぎらぎら照る太陽の下で家々の屋根や外壁に張り付いてテレビケーブル
を打ち付けていく作業は過酷ではあったが、そのようなことが当然のような
時代であった。

むしろそのような作業が楽しくもあり充実していた。
集落の人たちはやはり素朴で親切で、家々で冷たい「ワタナベのジュース」や
果物の差し入れがあったりして、「テレビやさん」と親しまれていった。
待ちに待ったテレビが家々につくという期待感が集落中に広まっていった。

夕方作業を終えて宿に戻ると、一番風呂が待っている。

「お風呂沸いてるよおお」
彼女が明るい笑顔で僕にすすめる。

「はあいおさきにい」
風呂をあがると彼女が部屋で待っていて夕食がはじまる、僕の食事が済むま
で横に座り、お茶をついだり、おかわりをよそってくれたりしながら他愛ない話
で笑い転げたり。

食事はおいしく量も日をおって多くなっていった。

食事が終わると表の床机で夕涼み、花火や、学校のできごと流行の歌謡曲の
話題がはずむ。

都会の女性とはまったくちがい化粧もない純朴な明るい少女に僕は心を奪わ
れていった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.05

山里の少女2 

その山里の集落の南のはずれに福田家はある。
宿で弁当を作ってもらって、歩いて15分ほどの隣の集落まで行き
昼間工事をし、夕方宿へ戻る。

仕事はすでに出来上がっている集落内のテレビ共同聴視幹線の
中継器から3C2Vケーブルで家屋の壁を貫通してテレビを置く茶
の間まで引き回し、変換機でテレビに接続する。すべての家に接
続が終わってからアンテナブースターや中継器の電源を入れテレ
ビの調整をして完成となる。
一日5から10軒の作業で一ヶ月の予定である。
雨の日は一日宿で過ごす、日曜日は休み、作業は順調に進み夕
方早く宿に帰り、近くの川や、鎮守の森に行って時間をつぶす。

Satoyama2


気楽で穏やかな日々であった。
春に親父をなくし、母親が一人で家で留守番していてなんとなく
さびしい状況を忘れさせてくれる出張ではあった。

しばらくして、福田家の高校3年の少女は夏休みとなり、彼女が
僕の食事中世話をしてくれることとなった。

山里の純朴な少女であった。

そのころ橋、舟木、と続き 西郷輝彦が「君だけを」で爆発的な
テレビブームに火をつけようとしていた。
そのような会話から二人はたちまち仲良くなり、縁側で将棋崩し
や、川辺の散策、夜は宿の前のしょうぎにすわり、語る。

めくるめく山里の夏であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.18

エスカル号1964-7 山里の少女1

「こんにちわあ 今日から一月ほどお世話になりまあす」
「はあい、あーー予約していただいていた方ですね、ようこそようこそさどうぞどうぞ」

関西の分水嶺を日本海側に降りるとある山里の小さな旅籠は福田屋といっった。
電機メーカーのサービス部門の技術者だった僕は当時の特別立法でテレビ放送の難視聴の山間地への共同聴視システム構築のための工事を担当して派遣された。

冬の間に村はずれの山頂にアンテナ基地から村の基本ラインケーブル中継基地設営、電柱敷設、を現地の人を雇い入れながら済ませていて、今回は一人で中継機器から各家々への配線と、テレビ取り付け調整に一月ばかりの予定で出張してきた。

福田屋は村で唯一つの旅館であった。旅館といっても当時の山里では観光客相手ではなく行商人や、村の寄り合いなどで細々と家族で経営していて、主な収入は農業であるような旅籠であった。

お茶をすすりながら女将としばらく世間話をして部屋へ案内された。
大きな寄り合いや宴会のとき使われるのであろう大広間がふすまで二つに仕切られてはいるがそれでも12帖はあっただろうか。

荷物を置いて夕食までのひと時裏の川へいったり村を散策する。

福田屋には高校3年と中学生の姉妹がいた。

忘れえぬ夏の物語の始まりであった。

山里の少女 1 ~プロローグ~


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.16

暗黒街のボスにならなかった男~外伝~あとがきに代えて

私が生涯で、純粋に「恋をした」といえるのはチエ子だけだったと思う。
まーこれは問題発言かなあ>ごめんねすべての恋人達へ(笑)・・・

母さんとは「恋を超える愛」だから・・>息子達へ・・ははははわざとらしいか?

そして現実はそんな純粋な「恋」だけの男と女の先に待っているのは過酷な人生のような気がする。
それほど現実は複雑で「心豊かに生きる」ことが難しくなっているように感じる。

だからこそ若いうちにどのように生きるのが幸せなのかを見極めてほしいと思う。
サンプルは身の回りにいっぱいある。そのとき現実の世界の出来事を見極めてほしい。

作られた小説や、ドラマ、バラエティー、ゲーム、の世界は虚構の世界なのだ。
そうしたバーチャルの世界で作られた言葉に翻弄されて人生を過酷に生きてしまう若者が増えている。

私が還暦をとっくに過ぎてしまって感じることは、人生はもっと単純でよかったんだということだ。
人生はRPG(ロールプレーニングゲーム)に似ているなーーってこと・・・

色々なツールを取得し、パワーを蓄積し、先々の事件で分析し最適な対応をできる能力を獲得しておかねばいけないってこと。
その経過の中では決して他のせいにすることはゆるされない、すべては自分の責任なのだ。

他のせいにしている間は決して遭遇する人生のダンジョンをクリヤーはできない。

近頃世の中で起きている不思議な不思議な事件・・・・小学校が崩壊しているなんてなぜ関係者は解決できないのだろう。解決できないということはやることが間違っているということだ。すべての原因はそこにある。

みんなが意識に革命を起こさねばいけない。
革命とは自己の完全なる否定。そんなことは出来ないんだけど出来ないから革命なんだ、きっと。


| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005.08.28

暗黒街のボスにならなかった男 9

ひゅんひゅんひゅん・・・・

「父さんはあの頃勇気がなかった。
たった一人の姉とも、夢を語った仲間たちとも別れ、極東の片隅で愛した女性との逃避行・・・・
それはそれでドラマの世界にはありうることなんだけど現実には出来るものではなかった。」

「もしあの時それでもとマニラかカンボジアへ渡っていたら、根性もなく力のない父さんは、ごみに囲まれたバラック小屋の板で作ったベッドで二人餓死していたかもしれないなあ、・・多分そうだろうな。」


「でもその頃はだいぶいろいろなことを経験し少しは力もつけていたとはいえるので、ひょっとしたら、極限状態の中から這い上がり、かの国の暗黒街のボスになってたかもしれんねんなあ、はははは。」


「そんなら僕は暗黒街のボスの息子やったかもしれんねんなあ!(^_^)きゃはははは」
「はははは、そうやなあ・・」

僕は笑いながら心の中で
「やあ息子よ!私が親父です、よく来てくれました」って息子を抱きしめていた。

「さあもうおなかいっぱいか?ほんなら出よか、そろそろ路上ライブの連中の演奏が始まるんちゃうん?」

エレベーターに乗り、心斎橋筋のROFT前に出る。
すぐ左隣にいつものバンドが演奏を始める心斎橋MIKI前だ。

このバンドはなかなかうまいしミスチルの曲などは結構ええ音だすので聞ける。
パーカッションは最近使われだした、BOX型のタイプでなかなかうまいし通行人の目をひきつけるわけ。
ただ、少し音のバランスが悪くうるさいので聞きなれてくると逆に聞きづらくなる・・だれかアドバイスしたらええのになあ。
そんなことを息子と話しながら手拍子を打つ。
パーカッションが横に取り付けたツリーチャイムを鳴らす・・澄み渡った音色が広がる・・
一瞬静寂となり、光が走る・・・・・・・・ひゅんひゅんひゅん・・・・・・・・

そのとき一人の小柄な女性がROFT側から走ってきて僕の横に立つ。

「お待たせ!!おなかすいたああ」

エッ・・あっ!チェ子!!・・・・・・

「なにびっくりしてるん?はよいこ!今日BIGSTEPでおいしいラーメン屋さん出きてんて(^_^)」

「よっしゃーー!いくでえ!!走れーーー」・・・・

ひゆんひゆんひゆん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


暗黒街のボスにならなかった男 ~完~


| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.08.27

暗黒街のボスにならなかった男 8

時空魔神エスカル号 ~1972年冬~

心斎橋は橋の名前だ・・
現在地下はクリスタ長堀商店街であり、その上の中央分離帯に欄干が残されているのみである。
当時それまでの東西に流れる長堀川が埋め立てられ地下駐車場が作られたとき心斎橋は取り壊され陸橋となった。

チェ子(仮名)の勤める会社はそこを北へ渡った長堀に面した大きなビルにあった。
会うときのいつもの場所は心斎橋の陸橋の上だ。

「ごめーん遅くなったあああ(^_^)まった?」
「ううんだいじょうぶ」
「今日は売れた?」

僕はそのころミシンのセールスマンをしていた。
店はそこから南へ50mばかしの大丸の向かい心斎橋しかんこうの隣にあった。
セールスといっても店舗ですることはほとんどなく路上やビルの中に入り込んでするキャッチセールスだった。
まったくうれない時が多かった。
金がないときはその契約時の売上金を晩飯代に当てるなどといった極限の生活をしていたのだ。

「ははははダメでした・・・はらへった・・・ラーメンでも食べようか?」
「うん私もおなかすいたあああきゃははは」

「お金ないでえ」
「えーー私もないでえ」
「いくらある?」

二人で小銭を合わせて数える・・・

「おおおおー1250円か二人の帰りの電車賃のこすとラーメンは食えるな」

二人は橋の南のたもとのラーメン屋に入りしょうゆラーメンをすする。
そこは現在ROFTになっているところの北隣だ。

食べ終えた二人は腕を組み心斎橋筋を南に買わない見るだけのショッピングで歩く・・・・
やがて千日前にでる。

「これからどうする?お金ないしどこもいかれへんなあ」

チェ子が詰まらなさそうに僕を見上げる。

「なあ・・電車賃に残してあるお金でパチンコしようか?絶対勝つから・・負けたら二人とも歩いて帰ることになるけどそのときは僕送っていくし・・なっ絶対勝つから・・」

「うんええよ!絶対勝って!きゃはははは・・負けても歩いて家までおくってくれるんやったらそれでもええし」
「えーーー僕は生野まで歩いて送って行って、それから大阪港まであるかなあかんねんなあ・・うわーー」

千日デパートの向かいのパチンコやにはいる二人・・
チェ子はすぐ負けるでも笑ってる・・・僕は真剣・・・たちまち2000円ぐらいを勝つことが出来た。
「ははははやったね!コーヒーのめるぞ!」「いえーーいいやったね!(^^)きやあはははは」

虹の街におりて喫茶店に入る・・・・二人の夜が更けていく・・・・・あーー夜よこのまま・・・・・・

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.08.13

暗黒街のボスにならなかった男 7

時空魔神エスカル号 ー1973年秋ー

大阪港の中央突堤の端に車は停まっていた。

西の沖合には大関門灯台と呼ばれる船舶の出入り口がある。

秋の夕暮れは特にその二つの灯台の間へ太陽が沈んでいくのだ。
湾内は沖合に貨物船が停泊し、通船が忙しく行きかう。
はしけを引っ張るタグボートが汽笛をならし日の落ちないうちにとパワー全開で安治川河口へと走っていく。
海は波もなく夕日が反射してきらきら輝きまぶしい。

Minato


やがて波間に太陽が没し赤く染まった空と海が暗く変わっていく。

西の果てに沈んでいく太陽をだまって二人は眺めていた。
それは待ち受けている二人をあらわすのか。

女:「その国でもやはり同じように差別の歴史があり人と人が争っているの・・・」

女は男の肩に頭を預ける。
暮れなずむ夕日で赤い涙が輝いてほほを伝いはらはらと落ちた。

男は思う。

すべてを捨ててどこか極東の僻地に逃亡することで二人の
思いは遂げることが可能なのではないか。
はたしてその「勇気と力」はあるのだろうか。

男は言葉を飲み込み、ただ赤く光る海をみていた。

やがて夜のとばりが支配し、星はきらめき行きかう船の灯りと汽笛、灯台の点滅が続く。
今まで凪いでいた風はやがて東からの風となり秋の深まりを告げる。

ああ夜よそのまま・・・・


| | コメント (5) | トラックバック (1)

2005.08.09

暗黒街のボスにならなかった男 6

時空魔神エスカル号 1971年夏 ~告白・カミングアウト~

僕たち音楽仲間は日本海の丹後半島に海水浴に来ていた。
大阪の若者は少し遠出の海水浴はこのあたりまでよく来る。

浜辺で4人連れの女性たちと仲良くなり花火などで興じた。
話の中で、姓を聞き出し大阪のある区からきていることをしる。

そして帰ってきて電話帳でその姓の家に片っ端から
「先日日本海にいってませんでした?」って電話をした。

何十件かかけただろうか、おばあちゃんがでてきて「あーー孫の
ことかいなあ」って言ってくれて隣の家まで呼びに言ってくれて
あのときの女性たちに連絡が取れたわけだな。

早速日曜日のバンドの練習の日に遊びに誘って、合宿所兼音楽
スタジオとなっていた我が家にその4人グループがやってきたんだ。

たちまち仲良くなってその中の一人と父さんは付き合うようになった。
10才年下だった彼女はだから当時18才か。

それから1年ほどたって、彼女から在日であるとの告白があったわけだ。

でも父さんはその前にすでにそのことはわかっていた、住んでいた地
域とその感性でわかったし、覚悟を決めるため彼女の住民登録を調
べていたんだ。当然該当者は出てこない。そのような方法で身元調査
は今でも行われているんだよね。

だからその告白があっても父さんは「そうなんやあ」って笑っていたけど、
彼女がけなげにも笑っていたので逆に驚いて、少し深刻そうにしなくて
はいけないかなあなんて思ってしまった。

でも彼女はそのあと一人家路に着くバスの中ではらはらと泣いたそうだ。

彼女は小柄で、明るくて、優しくて、すけべだった・・・・はははは。
父さんは子供の頃から在日の人へのこだわりなど全然なかったから逆に
運命に導かれるように二人は深く深く恋に落ちた。

その先には悲しい物語が待っているだろうとは思ったけど。

band


つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.08

暗黒街のボスにならなかった男 5

まー大阪の風土は他府県に比べて戦後独自の変化を遂げていったように感じるなあ。
もう少し在日の人たちの成り立ちを考えてみると父さんはこんなことを感じてる。

1910年の日韓併合によって韓国は日本となったわけやけど向こうの民衆にとっては侵略され虐げられたと、いろいろ恨みに思っている人たちは今でも多くて、当時日本で一旗あげようと渡ってきた人たちや、中には向こうに居れなくて逃げるようにきたとか、歴史の中でよく言われるのは、強制連行のような形でつれてこられて炭鉱などで働かされた人たちもいたようだ。まー向こうで働かんか?金になるでってつれてくるというようなことは今でもいろいろなところでやってるわな・・たとえば今東南アジアの女性たちに対する「ジャパユキさん」なんかも国際問題になってるし。

いつの時代も権力を傲慢に使ったり、儲けのために人の痛みを忘れてしまってることって誰にでも起こりうることで反省せなあかんことだろうなあ。

そしてそのような民衆の思いというのは幼いころから教えられていたことで刷り込まれた思い込みというのも現実にはよくあることなんだなあ、だから僕たちは事実は何かということを見極めなくてはいけないことなんだけどそのことは実はめちゃくちゃ難しいことであまり「それは事実はこうなんだ!」と声高に言うことはそれ自体間違っていると父さんは思ってしまう。

物事には2面性が必ずありどちらも間違っておりかつどちらも正しい・・・と父さんはいつも思うようにしている。
そしたら相手を許せ、自分も反省できる。

そういうようなさまざまないきさつで日本に渡ってきた人たちもそれからの生き様はいろいろあって、勝ち組に乗っていけた人たちは一応日本でも認められて、裕福に暮らせていけることもあったようだけどなかなか一筋縄でではいかないのがこの問題で、戦前戦中は特高警察などでそれはそれは権力の弾圧はすごいものがあったようで、

仲間を裏切ったり仲間のために命をなげうったりとさまざまな物語があって戦後の極限状態に突入していったわけだな。

そんな時日本は占領米軍の施策もあったのだろうけど日本にいる人たちは日本人でなくなったから帰りなさいってなったんだよな。それは追い返されるって感じに思った人たちが多かったようだけどすでに2世、3世になっている人たちは国籍もない状態で住み慣れた日本や、友人恋人、日本人の伴侶と別れて帰ることなど絶望的なことだったに違いない。

中にはどちらにいっても命が狙われるという人たちもいたようで、野を超え山を越え逃亡して、町に紛れ込み日本人に成りすましたり、戦後の戸籍の火災消失に乗じ戸籍を取得したり、中には声がでない振りをして山間僻地の集落にたどり着き、土地の地主に拾われて使用人になって生き延びた人もいたようだ。

父さんは昭和30年代テレビが普及しだしたころ近畿のテレビの届かない山間僻地の村や町にアンテナ基地の設営のための調査や工事で泊まり歩いたときもちょくちょくそのような人が村の有力者に使われていて半ばみんなそのことを暗黙の了解事項として話してくれたことがあった。
戦後の一時期不思議な事件や騒乱事件が多発したけどそのような混乱の中だったからって思えば納得できることだとおもう。

 人生のドラマというものはさまざまで僕らがいかに幸せな状態に暮らせているかが思い知るよなあ。

そしてトクオちゃんたちのように組を作りそうしたはみ出した人たちがそこへ半ば逃げ込むように終結していったわけでみんな仲間のためなら自分の命をなげうってもいいし仲間以外はみな敵だという集団になって行った図式はなんとなく納得できるよな。

僕たち特に大阪の人は友人、恋人、親戚にそうした人たちがいっぱいいてさまざまな物語をつくって生きてきたんだよね。

そうそう夏になると思い出すことがある。
子供のころは住吉神社分社の夏祭りではおみこしが出て、それは勇壮ですごかった。

 おみこしの上にはいつも井田組の若集たちが4人のって白装束に赤い烏帽子づきん赤いたすきで太鼓をたたいていて僕はまぶしくて大人にあこがれて、トクオちゃんやヤスコちゃんとどこまでもどこまでも付いていったっけなあ。

つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.02

暗黒街のボスにならなかった男 4

井田組(仮名)の長男ののトクオちゃん(仮名)は僕らの町内のガキ大将やった。
でも優しくて面倒見がよくていつも一緒に遊んでた。

隣町の金元組(仮名)の子たちのグループとは遊ぶこともあったけどよく戦闘状態になった。
ほら!この口のしたの傷、これは物干し竿で突かれた。


tizu1

電車道を挟んで南側一帯は銀座商店街っていって古くからいる住民がいてそこともよく戦闘したけど親がしっかりしてたからか僕ら貧乏な北側連合国軍は孤立していったなあ。

ほとんどの子供たちが勉強せんとけんかしたり走り回って遊んでいた時代やった。
父さんの両親は行商して昼間はかぎっ子やったから、いつも井田組で遊んでた。
トクオチャンのオモニには子供のようにかわいがられた。

末っ子のヤスコちゃん(仮名)とはお医者さんごっこもしたかなあ(はははは)
オモニは大きくなったらヤス子と結婚してや!っていってた。(はは)

戦後の焼け跡からの復興の時はみんな貧乏やって助けあわな生きていけへんかった。

だからトクオちゃんの親父さんも身寄りのない人や復員してきた人たちをあつめて組として船の荷役やらで仕事を取ってきて皆でがんばっていったんや。当時はそのように暴力団なんかではぜんぜんなかったし、生きていくための拠点やったな。

やがて中学ぐらいになって、学校でクラブとかで過ごすようになったりしてすっかりみんなと会うこともなくなって
いたころ、トクオちゃんの親父さんがなくなってトクオちゃんが跡をついだわけやな。

時代がだんだん景気がよくなってくると皆自分だけが儲けたいと思うようになっていったんかなあ。
そのころの組はだんだん今の組織に似てきたわな、博打やら、のみ行為、縄張り抗争やな。

トクオちゃんもどんどん巻き込まれていった。
あんまり勉強してなかったから、大きくなっていくと危なくなってきた。
とうとうまだ小さかった「神戸」と大勝負してすべて失ってしまった。

築港の今田組(仮名)にひろわれて使い走りなどしていたけど、70年ごろ僕から金を借りていなくなってしまった。
そのころ妹のヤスコちゃんとも再会したけど、すっかり人生に疲れたようにやつれて見る影もなかって悲しくて、すこし微笑んだだけで言葉を交わすこともなかった。

もしや、父さんがや、そのオモニが言ってたようにヤスコちゃんと所帯をもって、トクオちゃんと一緒に井田組をしっかりした組織にしていってたら、「神戸」にも勝って今頃は「大阪」って言えば全国にわかる組織のボスになってたかもしれんねんなあ・・・・はははは

つづく

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005.07.27

暗黒街のボスにならなかった男 3

 半島の在日の人は大阪では今でも人口の5%、日本人と結婚して親戚が増えたり、帰化した人や不法
滞在者など含めたら1割以上になるんちゃうかな。

それだけに大阪に古くから住んでる人は普段口には出さんけどみんなそのことを意識しながらすんでるわけや、たとえば選挙権がないひとが親しい人たちにいっぱいいてるわけやからあんまり政治のことなどしゃべらんわな。

帰化して日本人になったら解決するってことでもなくて、地域社会で団結して生きている人にとっては帰化してでていくことは裏切りに近い行動ととらえることもあるらしい。
結局どちらの社会にも完全には許されていないことになってその孤独感が増幅していくようだ。

 国会議員の新井氏は平成の坂本竜馬と標榜して日本に生きて日本人になりきろうとがんばっていたけど最後の最後はよりどころのない孤独の中で数年前命をたってしまったよなあ。


父さんが少年だったころは、戦後すぐやからもっとたくさん住んでたんや、でも戦争に
負けて、韓国が解放された形になってみんな帰りなさいってことになったわけや、でも
いまさら帰るところもない人たちは残ったわけやな、つまり、彼らはそのいきさつはいろいろあるけど結局祖国の人たちからしたらやっぱり国を捨てて出て行った人って差別されたりすることを感じ取ってしまうって人もいたってことかなあ。

 残った人たちで力をあわせてがんばってきたってゆうことや。
一旗あげたら堂々と国にも帰れるって人も大勢いたとおもうし、こちらならすべてが分かり合える仲間がいるからって思いもあったやろうなあ。

あんまり他県の人には理解されてないけど大阪はそんな風土やねんな。

つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.22

暗黒街のボスにならなかった男 2

「恋人は在日やった・・当時は厳しい時代で向こうの親兄弟は
厳しい人たちだったが、とにかくこちら側を説得する必要もある。
でもこれがとんでもなく厳しかった。
両親がなくなり、たった一人の姉が裕福な家にもらわれていっ
たけどいろいろあって苦労してた。

その姉が

「あんたを殺して私も死ぬ」って包丁を持ち出してきた.

「ははははわかったって!でもこの先どうなるか姉ちゃんの
言いなりになるような僕はよい子でなくなってるからな、でも
わかってるってちょっとだけその気になっただけやったから。」

そういった後漠然と生涯結婚はしないかもしれないなって思った。

その後二人はますます深みにはまっていく結果になってしま
ったけど状況が変わるわけでもなかった。


つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.17

暗黒街のボスにならなかった男1

先日、息子とアメ村を徘徊した。
GIBSONの物色とTEEN’Sコンテスト申し込みだ。
そのあといつものようにお好み屋に寄って語る。

「TEEN’Sでの演奏する曲決まったか?」

 「決まったよ、僕は作詞作曲ヴォーカル、サイドギター、曲名は
 胸の中に~Keep in mind」

「おーーすごいや、そうや出ろ!パワーや遠慮せんでええ
そのなかからしか力は生まれないとおもうで」

  「あーこの前お父さんのバンドしてたときの写真見つけたで^^」

「あーーあの写真かあ、あの頃はいろいろあったけどほんますごい時代やった。
楽しいこともいっぱいあって」

「彼女はできたか?」

  「いや別に・最近友達はなんか隠れて彼女作ってるみたいやけど
  僕はいらん、友達といっぱいすることあるしそれでええと思ってる」

「うんそうかあ、そうやなあ、それでええ。仲間を作ることや・・・・・
あのなあ・・・・これ秘密やけど、あの写真の中にヴォーカルの女の子いたやろ?あの子は
父さんの恋人やった」

  「あーーそうなんやあチエ・ジウみたいな・・ほんでどうなったん
  母さんと違うで」

「はははは」

つづく

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.05.25

青春のわだち 番外編 超時空

romen5

昼下がりの始発の停留所を出発した路面電車は混んでいて中ほどの席に座っていた僕は後ろの窓から懐かしく流れる風景を見ていた。
電車は一路南下し川口で右に折れて西に向かう、・・・・・
・・・今まで外は晴れていたはずなのにいつの間にか暗くなっている、突然稲妻が走った。
ふと気がつくと隣に老人が座っていて僕に話しかけてきた。

老人「やあ少年!(^_^)卒業だね!(^_^)」

僕 「あはい・・・・・」

老人「高校生活はどうやった?(^_^)

僕 「はー別にぃ・・・・・・」なんかやたら(^_^)マークの多いおっさんやなー

老人「お父さんは元気か?」

僕「えっつ親父を知ってるんですか?」

老人「そら親父や・・えっああいやその男前のきみやからさぞカッコエーー親父さんろなーって思ったんや」

僕「かっこえーなんてそんなことないでもう年取っててちょっと体の調子も悪くてでも仕事がんばってるけどな、
親父はもう62ぐらいやねん、年取ってるけど僕が子供やからがんばってるみたいや。はよ僕も働いて金儲けするねん。」

老人「ほう62か偶然やけどおっちゃんも62や、ほんで商売人になるんか?」

僕「小さいころはそうおもとってんけど、やっぱりサラリーマンかなあ社内恋愛してがんばってその会社の社長にまでなったるねん。」・・・・あれーーなんか僕大人の人にこんな気楽にはなしするなんて今までできへんかったのに
このおっさん親父みたいに気楽に話せるなー・・・そういえば親父にそっくりやなーこのおっさん・・・親父はげちゃびんやけど・・・・・あれーーこのおっさん涙浮かべてるデー


老人「うーーんそうやなー色々経験したらええねん、恋もできるし」

僕「えーー僕彼女おれへんし、はずかしがりやしあかんたれやから無理や」

老人「そんなことないし、おっちゃん知ってるし・・・」

僕」えーーーなんで知ってるん?」

老人「えっあいやおっちゃん人を見る目があるねん、あんたは大丈夫いっぱい恋するし、最後の恋も大恋愛で
二人のえーーー男の子もできるし、でも親父と同じように年取ってからやけどな」

僕「えーーなんでそんなこと知ってるんほんでわかるん」

老人「いやいやそう感じるだけや、君がおっちゃんぐらいの年になったらわかるてはははは(^_^)」

老人「そうかかのじょおらんのか、でも好きな子はおるんやろ」

僕「おらん・・・・まーかわいいなー思う子は何人もおるけどな」

老人「そうかおまじないの札をあげよか・・・これやこれをすきやなーって思ったらなんも言わんでもええねんこれを渡すだけでいいねん。あんたは引っ込み思案やから声をかけたりできへんから、だまって渡すだけでええねん。
この方法はな秘密やけど21世紀には若者はみんなする方法や特別に教えたるは、但し1枚だけや

僕「ありがとう、へーなんか黄色の紙になんか英語みたいなことかいてあるけどこれどういう意味?」

老人「うん意味わからんでええねん、おまじないやから、これが時空を超えた奇跡をおこすんや、電気が走ったって思った子にわたしたらええねん。ええか、この電車で起こるかもわからんで・・ええか」

romen


おっさんと話してるうちに混んでいた車内はいつの間にか立っている乗客はなくなっていた。
ふと向かい側に目をやったとき少し右側にセーラー服の少女がこちらを向いて座っていることに気がついた・・・・・・・

ぁっ・・・文庫本の少女だ・・・・・・

そのとき少女は文庫本を読んではいなかった。
窓の外の風景を涼しげに目をやっている少女は変わらず清楚であった。

そしてひざの上には黒い筒が握られていた・・・・・・・
あーーーー彼女も卒業なんだ・・・・・・・・・・・・

右前に座ってこちら側にまっすぐ顔を上げた少女を意識しながら窓の外を見ている・・・
あーーもうあえなくなるんだ・・・急激に寂しさが襲ってくる。
時が刻まれる・・・やがて車掌が少女の降りる停留所の名前を告げる。

少女が立ち上がる・・・・
・・・・・そのまま立ち止まる少女・二人は初めて正面から見つめあった・・・・・・

時が止まる・・・・・・・・・・・・・・
少年を見つめる少女の瞳がきらきらゆれる・・・・・・・・・時が止まる・・・・・・・・・・・・・・そのとき音もなく稲妻が走る
電車が停まり、ドアが開く・・・・・
再び時が動き出し少女は硬く唇を閉じ歩き出し降りる。
なぜか今まで僕の右手にあったおまじないの紙を彼女は握っていた。


呆然とその後ろ姿を見つめる少年・・・・・・・・

やがてドアがしまり電車は何事もなかったように走り出す。
ふと気がつくと先ほどまで話していた老人はいなくなっていた。
あれいつの間におりたのかなー、でも不思議だ少女にあの紙僕は渡したのか?よく覚えてない。

いつかその少女に会えるんだという確信みたいな物とその不思議な老人にもきっと会えるという意味のない確信が僕の精神の奥底に取り込まれていった。

西へ向かう電車の正面には早春の昼下がりの陽光がふりそそぎ、海の香りが僕を包む。
少しの寂寥感とそして僕は僕のままでいいんだと許されている不思議な充足感に浸っていた。

そしてそのとき僕は少年を卒業し大人へと歩みだした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

青春のわだち 9 エピローグ(あとがきに変えて)

時空魔神エスカル号は時を自由に行き来できる。
僕は40数年前に戻ってきた。
しかし少女は確かにあのとき僕を見つめて瞳がきらきら揺れていた。

僕は呆然と見つめていただけであった。
そのとき確かに時空が別の世界へ行っていたように感じる。

過去の出来事を変えてしまうということは今の事実が崩壊することだと言われるのだがあえてもう一度エスカル号であの瞬間に行くとしたら僕は次のメモを渡すことにしよう。

memo


少女はそのアルファベットのつづりを電車を降りて見て不思議に思うに違いない。
そしてきっと想い出としてアルバムにはさんで謎を解けないでいる。

そして40数年後彼女は孫からそれがインターネットという世界のメールアドレスとそっくりだと指摘を受ける。
半信半疑彼女は孫に教えられ今、メールを打っている。

「お元気ですか・・・・私は少女です」

このエピローグを書き終えたら早速僕は受信トレイを開いて返事を書きます。

「僕はあれからは過酷な暴風雨の海や戦いの島をさまよってきましたが、いっぱい仲間が出来ました。僕はあの時不思議な力をあなたから受け取りましたよ。だからどんなときも僕が僕であり続けることが出来、人を好きであり続けられたのです。あーーー人生は不思議がいっぱいで素敵だ。」


○青春のわだち 完○

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
青春のわだちのテーマのひとつ「わだち」について

男と女の間にはうずめきれない距離が開いている。それがお互いにそのことを理解し許しあ