カテゴリー「■僕達のリンダリンダリンダ」の5件の記事

2006.11.04

聖夜練習風景、ジングルベル

♪一夜だけのライブ喫茶実現に向けて・・・

えーーとやるとしたら年内それもクリスマス前後になるのか?
僕にとっては会社はこの半年、創業以来最大の試練と冒険の日々になる。

仲間全員がが集まって騒ぐのも年齢からしても今やっておかなくてはとおもう。
とりあえず材料をここに集めておくのでみんなそれぞれが工夫して騒ぐ準備をしておくように。

僕が想定しているひとつの形は、大阪市内で閉店しているような喫茶店かレストランもしくはガレージ、事務所、
などを借り切って30年前やっていたギター教室のフォークパ^ティーのようなイメージを持っている。

思えば30年前何もなかった今のアメリカ村に録音スタジオを作る計画が契約当日挫折して以来僕たちの夢は先送りされたままで、冒険の日々はグランドラインを航海していると思っていた・・・僕たちの「ひとつながりの大秘宝」は見つかったのだろうか・・その答えは一夜だけのライブ喫茶にある・・

人は人と過ごす・・・そんなことのためだけにだれでも・・集合!!はははは

当時各自ひとつの音を受け持ちコード進行にしたがって。ハミングするわけ、つまり音階分の人数が集まってわいわい練習している・・・若かったよなあ。

後半はジングルベル。

ドラム:musukeAi

ベース:kitaro
ギター:forte
キーボード:kame or liberty


●「恋は悲しい物語」平田隆夫とセルスターズ
(情報ありがとう>きたろー11/5追記)

コピー

ボーカル:ケヤン・チュウコ
ドラム:musuke
ベース:kitaro
ギター:forte
キーボード:liberty


●ふるさとの言葉は  五つの赤い風船



ボーカル:虫(domsasaki)
アコギター:虫(domsasaki)
ビブラホン:kitaro
ベース:forte

●ほたる

Hotaru
 
 
 ボーカル:musuke(紀一人)
 アコースティックギター:musuke

 
 
 


| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005.08.25

リンダリンダリンダ 4

いろいろなことに挑戦を続けていた僕たちは、それに比例していろいろな失敗や出来事が起こった。
それは耐え難いことなどいっぱいあった。

いろいろな失敗こそが大切なんだと気がついた若いころ、それは孤独のど真ん中にいた。
それ以来、事件が起こるたびに生涯の仲間ができて行った。

人生は不思議がいっぱいで素敵だ。

翌年のクリスマスシーズンはいろいろな企業のパーティーに呼ばれて演奏した。
心斎橋MIKIの店長たちのバンドとの競演なども何度かやったよなあ。

大阪の衣料スーパーのパーティーのときはうちのバンドのマネージャー役立った「かめちゃん」は
かわいい女の子がいっぱいの会場にわれを忘れて踊り狂い、そのなかでも一番の彼女をゲットした。
まーそれもその後悲しい恋物語になったけれど素敵な出会いだった。

僕たちの音楽三昧の青春はその後どんどんエスカレートし心斎橋でフォークギター教室を作ることになるのだがそれはまた別のお話・・・・・・。

僕たちのリンダリンダリンダ ~完~

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.22

リンダリンダリンダ 3

翌年のクリスマスはコピーバンドのドラムとボーカルそして僕がギター、キーちゃんがベースというメンバーで
武者修行が始まった。

ある大企業のクリスマスパーティー、会場は神戸サンボーホール。
大きな会場だった。およそ300人。

ところがこれまた当日朝電話が入り、ボーカルが事故で出れなくなったと連絡が入る。
わーーーーーーなんでこうなるの!
そのときは去年の「ローザ」もボーカルとして参加していたが、担当は少なく、音響設備は手作りが主で
大音響でごまかすわけにも行かず、困った。

そこで思いついた手段。
当時新入社員で入っていた後輩にフォークギターの弾き語りの名手の「むすけ」に連絡をした。
当時彼は京都の営業所にいたが彼はその日は仕事そっちのけでレパートリーのテルミー、イエスタデー
アンダイラブハーなど数曲を練習し夜神戸に駆けつけてくれた。

電源が落ちたりトラブルもあったがなんとか持ちこたえ、それ以後僕たちのバンドの形が出来てきたのであった。
帰りの軽トラの荷台で寒さに震えながら運転席でぬくぬくとしている、LIBERTYとローザを気にしながら夜更けの阪神高速を帰っていったっけなー。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

リンダリンダリンダ 2

時空魔神エスカル号 ~1966~2月

ホワイトカラーの社員だった僕はそのころいろいろなことに手を染めていった。
一つがダンスパーティー主催だった。

その年の企画は桜橋サンケイホールの大宴会場を借り切っての大きなイベントに
発展していった。

演奏バンドはハワイアンバンドとビートルズコピーバンドの二組であった。
夜開催される当日の早朝、家の電話が鳴った。コピーバンドのリーダーからだった。

「すんません、ベースギターが交通事故で・・・・演奏できないんです・・・」

仕方なくとりあえず日曜の会社へ出かけた。
ハワイアンバンドのベースマンが出社していたのでなんとか出来ないかと頼んでみたけど
断られた・・・まーむりやわなーー・・・

とそのとき「ローザ」とあだ名されていた新入社員の女性がやはり日曜出勤していてその
やり取りを聞いていて僕に声をかけてきた。

私高校時代バンドのボーカルやっていてそのベースマンは彼だったけど今は別れたんやけど
よかったら応援できないか頼んでみよか?っていってくれた。

わらをもすがる思いだった僕としては願ってもないことだった。
直接は電話しずらくてギターに電話をしたところちょうどそのベースと一緒にいた。

事情をいうとわかりましたすぐ開演時間前までにはいけると思いますとの快諾を得た。

とりあえずカッコだけでもつくと一安心したが実際ぶっつけ本番でうまくいけるものかと心配であった。

開演前に到着したベースとギターとコピーバンドのギター・ボーカルドラムと急遽楽屋で音あわせ
その間ハワイアンバンドで前半が始まった。
幸いほとんどのビートルズナンバーをマスターしていたため順調に調整がすすみやがて2部時間。

MCの紹介がありビートルズナンバーヤーヤーヤーが始まった。
見事な演奏であった。
場内は一気に盛り上がりパーティーは大成功となった。
終了後の「楽屋で二人にお礼を渡そうとしたところ、
「いやそんなつもりで来たわけではないし僕たちも楽しかったので受け取れません」
って笑っていったんだよなーーかっこよかった。

ローザは別れてはじめて会ったわけだが彼は帰り際追いすがるローザに少し手を振って帰っていった。
ローザはぽろぽろ泣いていた。
彼とは喧嘩別れをしたわけではなく、彼は「まだ若いからいろいろなことがしたいから別れよう!」って
言ったそうだ。

あーー彼はどうしてるのかなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

リンダリンダリンダ 1

映画リンダリンダリンダが公開されている・・らしい。
軽音楽部の女子高校生バンドが文化祭直前一人の怪我が発端となって仲間割れ。
途方にくれているときに韓国からの留学生がボーカルで参加。
ブルーハーツを演奏する。

まーそんな映画らしい・・青春だな!
そんなことを思っているとあーーーそうそうよく似た経験をいっぱいしたなーと思い出してきた。
ちょっとエスカル号で行ってこよう・・・ひゅんひゅんひゅん。

| | コメント (1) | トラックバック (0)