カテゴリー「●雪国のメランコリー 」の11件の記事

2006.08.03

雪国のメランコリー外伝2  ~旅人たちへ~

LIBERTYと僕との波乱万丈の長い長い旅がここから本格的に始まっていった。
LIBERTYはこのあと、白馬のスキー場で5月までリフトの切符切りのバイトをして最終的には1級のバッチテストに合格するまでのめりこむ。僕の後輩もつぎつぎスキーにのめりこみ、ゲレンデから会社に退職願の電話をする始末。
翌年、本格的にヴィラ赤倉を基点としてのスキーツアー、フォークギター教室等の色々な活動から、NEETだった男は、入学してGIBSONを買って、達人になり、僕の弟子として、バーテンになり、ヤマハポプコン関西地区優勝の女性トリオのマネージャーになってT社から大々的にデビュー、そのご分裂、白馬にロッジを立て、オーナーとしてがんばっている、女性の生徒も活動で目覚め雪国に遊びやはり白馬方面でロッジにお嫁に行った。

そのような旅は何か、宝物を発見するためだけの旅ではなかった。
そして旅にはいろいろなことが起こってこそ旅だ。

目的を決めてしまうから苦しい。
旅立つことが大切なんだ。
雪が冷たいから、寒いから・・・逃げる理由ならいっぱいある。

雪と戦うか・・・・雪と遊ぶか・・・・それは僕たちの手にゆだねられている。

その先にこそ無限の人生が待っている
旅立つことが大切なんだ。

LIBERTYと僕との旅はまだまだ続く、今日彼とのメールのやり取りがいっぱいあって、新たなる冒険の旅に出ることが決まった。

今度の戦いは相当厳しいが逃げるわけに行かない、
彼からの今日の最後のメール

「戦いの始まり。・・・さいはて慕情」

意味不明、それは僕たちだけにわかる戦士の誓い。
はははは、旅人たちへ・・・すべての事象は自分の心の中にだけある。

ボンボヤージ。

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2006.07.30

雪国のメランコリー外伝   ~超時空編~

1971年の正月僕は信州妙高高原の新赤倉に出来たばかりの小さなロッジ、ヴィラ赤倉にいた。
乗り合わせたスキーバスが男だけだったという、普通ありえないことがその根本の原因であった。
それがなければ、民宿がゲレンデからとおいとか、お茶の出てくるのが遅いとか、部屋が粗末なたこ部屋みたいだとかはキャンセルの理由になんかならなかった。

ただ単純に女性が乗っていなかったということが僕達のなりふりかまわない行動に発展していったといえる。
僕達は人生をいろいろな夢を語って立ち向かっていくのだが、異性を抜きにしてはなりたたない。

そしてその上で人が好きでなければ夢に向かう力も半減してしまう。
そのことをありのまま受け入れることが出来るようすべてを拾って旅をしたい。

このたびの初めに男だけであったということだけが原因で、とんでもない旅となりそれからの夢のような10年間が開かれていったといえる。

人生は不思議が一杯で素敵だ。はははは。

ヴィラ赤倉のママには息子のように可愛がられていった。
ママが体力が続かなくなってきて、格安で譲るから後を続けて欲しいと頼まれたのだけど、そのとき僕はやっと起業していて極限状態のなかで戦っていたときであったので、今は東京の人に渡りロッジそのものは存続されている。
僕が少しお金持ちだったら、みんなをつれてロッジで遊べただろうになあ。

アイチャンにはその年僕は会社をやめセールスにチャレンジしていてしばらく連絡もしていなかったのだがその年のクリスマス、サンケイ会館でパーティーを企画し、僕達バンドが始めてメインで演奏することになってアイチャンを思い出し、連絡をとった、有名病院だったのですぐに連絡は取れ、彼女は快く来てくれた。

僕はそのとききっとだれかと二人で来るんだろうと思っていたけどやってきたのはアイチャン一人だった。
パーティー主催代表だった僕はエスコートすることもかなわず、さびしい思いをさせてしまったんだろうなあとこの記事を書いていて気がついた。アイチャンとはそのとき限りであったけど、いいおばさんになっているんだろうね。


ひゅんひゅんひゅん

夜は窓辺・・・しんしんと雪が降る・・・・・
暖炉の火がゆらゆらとゆれ僕達二人を照らす

「お父さんの車はねえ、ベンツ。。でも大きいからって私は乗せてもらえないの!だから私の車はねカローラ!」
「へーーそうなんだ・・はははは」

「お金持ちい!ぼくなんかオープンカー・・自転車ともいう。。はははは」
「きゃははは」

「また会える?」
「うん、会いたいな・・でも貧乏だから、焼き鳥屋台ぐらいしかつれていけないけど・・はははは」
「いいで、一回そんなとこ行って見たいきゃははは」

「僕はこの春会社をやめるつもり、なんかまだ、なにをするかも決めてないんやけど今はっきりと決めたことがある。」

「えーーなになに?」
「うん一杯いろんなことやって自分を鍛えて、きっと会社を起こす、別にお金持ちになるとかそういうことではないねんで、一回しかない人生やから目一杯がんばってみるしかないってわかってん、アイチャンやママとかアオチャンとかかずちゃんとかみんながんばってるしぼくもなんか出来る自信が出来たで」

「えーーつすごい・・応援する・・」
「いつか、大阪に上町ヒルズとかいうビルが建ってその最上階の事務所に階段で3段とびで駆け上って行く男に出会ったらそれは僕や・・・そのときアイチャンが一人やったら声をかけてな、フランス料理でも食べにいこうよ、それともイタリア料理がいい?はははは」

「きゃははは・・楽しみにしてるから・・きゃはははは」
しんしんと降る雪を眺めながら彼女はぽろぽろと大粒の涙を流した。

「なんかわけわからん、きゃははは、なんか涙がでてくるねん・・きゃははは意味不明・・・きゃははは」

暖炉の火がひときわゆれて輝き・・・僕の手のひらに涙が落ちた・・・・・

あーー夜よそのまま・・・・・


ひゅんひゅんひゅん
            
「オーダーハイリマース
 カニクリーム、コマツナとベーコン、カルボナーラ、オールワン、ミートソース、ツーでーす」

「はーいい!」

  
            ~雪国のメランコリー外伝 ~超時空編完~


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2006.07.29

雪国のメランコリー9    ~雪は降る~

雪国のお正月・・瀟洒なロッジ・・そこで僕はいろいろな勇気を吸収していった。
ひたむきに生きるさまざまな人たちの人生を感じ、僕の人生が大きく広がっていくことを感じていた。

夜は窓辺。人生を、恋を、歌う若者たち・・・それは百年の時空を駆け抜ける情熱からすれば一瞬の静寂。

アオチャンのフランスへの旅立ちのための悲しい恋の別れ、その後彼の店を訪ねていったことがあったが、彼は休みで、放浪者のような僕達が超高級世界の○キシムドパリに入れてもらえるわけもなく裏口でアイスクリームをご馳走してもらったっけ。

かずちゃんは開業医のお父さんが亡くなって自分がその意思をついで医院を再起させるため夢に向かって必死にがんばっている。

夜は窓辺
雪は降る・・・・

その日は最後まで残ったのは、女子大生で病院院長のお嬢様アイチャンと僕の二人・・・

深夜の窓の外はしんしんと雪が降っている・・・
二人はいつまでもいつまでも恋人のように語り合っていた・・・・
明日は大阪へ帰るという最後の夜だった。

「お父さんの車はねえ、ベンツ。。でも大きいからって私は乗せてもらえないの!だから私の車はねカローラ!」
「へーーそうなんだ・・はははは」

僕の住む世界とはあまりにも違う話に戸惑いながらも、ひたむきで純粋な彼女は素敵だった。

「ねえ、彼女いる?」
「えーーいてないで」
「うそでしょ、バンドやってたりしてたら、いっぱい遊んでるに決まってる」
「そんなことないって・・ちょっとだけやて!」
「あーーやっぱり遊んでるう」
「えーーばれたあ・はははは」
「きゃははは」

しんしんと降る雪を眺めながら彼女はぽろぽろと大粒の涙を流した。
一瞬の空白のまどろみの中で解き放たれた青春のゆらめき。

「なんかわけわからん、きゃははは、なんか涙がでてくるねん・・きゃははは意味不明・・・きゃははは」
「はははは・・ここはすてきだ、僕もほんとうにいい想い出が出来たよ・楽しかった」

「また会える?」
「うん、必ず連絡する、はははは、泣かないでよ、はははは」
「きゃははは」


夜は窓辺・・
雪は降る・・・
あーー夜よそのまま・・・・・

              
            ~雪国のメランコリー ~完~

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2006.07.28

雪国のメランコリー8    ~伝説のはじまり~

ロッジは1週間ほど前開いたばかりだ。
今まで数人の客は東京の知り合いが来てくれたわけで、実質一般客は僕達が始めてと言える。
そのときの客は僕達二人、そして遅れてやってきた三重県伊勢の男性二人・・民宿沈没で徘徊してやってきた。
ママの知り合いからの紹介の男性一人・・銀座○キシムドパリのマネージャーアオチャン、やはり東京からのママの知り合い女性・・○京○科歯科大病院の独身女医師、かずちゃんとその弟

以上客は7人、従業員はママと、冬休みだけの神戸からのバイトの女子大生の二人。

ロッジは2階建て、地下に乾燥室、一階は吹き抜けの食堂その横には本格的な暖炉が燃える、風呂があり、管理人従業員の部屋があり、キッチン。

客室は2階に6部屋ほど・・小さな家族的なロッジだ。

夕餉が終わると、食堂にコタツがはいり、さんさんごご集まってきて、歌ったり、語ったりしてすごす。
先週来ていたロッジ設計者の男性が、即席でヴィラのテーマの歌を残していた。

「いかないで」口伝えでアイチャンたちが覚えていたのを僕が採譜して楽譜をつくりコードを振る。
歌声や笑い声が絶えない素敵なロッジが作られていった。

LIBERTYは僕が団体交渉で過ごしている間に見る見るうちにスキーが上達し、3日目にはすでに最高技術のウエーデルンまでマスターしていた。
スキーがうまくなって自信となり、宿でも主導権が取れるようになる、僕達二人の絶妙のコンビの形がこのとき醸成され生まれ変わっていった。

あまり冗談を言えない硬派の彼であったがこのときからバカになりきれる「ボケ」を出来るようになり以後僕たちはお互いの長所を生かし短所を補いながら会社を起こし今も素敵な相方として会社を切り盛りしている。

旅は不思議な力を生み出してくれる。今までの混沌を抜け出すためには冒険が必要、それが旅。
その積み重ねが人生。長くも短くも、冒険の中にこそ生まれるものがある。

精一杯 存在の証明  過ちも間違いも 自分だけに価値のある財宝
sailing day舵を取れ 悲しみも 絶望 も拾っていく呆れたビリーヴァー
誰もがみんな それぞれの船を出す それぞれの見た 眩しさが 灯台なんだ

まけるな、まけるな、まけるな、まけるな・・はははは。

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2006.07.27

雪国のメランコリー7    ~団体交渉~

赤倉温泉街の中心にある香雲閣ホテルロビーで集合する。
中心メンバーの一組が真っ先に部屋を確保したので、民宿で全員に告げられていた。
各同行者の代表が20人ほど集まっている。

各自とりあえず荷物を置ける場所は確保したみたいだが、ロビーに荷物を置いたままで空いた部屋が見つかるのを待っているものも居た。

宿泊できることになってもその費用は用意していないわけで、団体交渉で返ってこなければたちまち支払いに困る。
余裕のないものは必死であった。
交渉相手は添乗で来ていたおばさん、まさにつるし上げ状態・・まさかこんな事態になるとは思っていなかっただろうし旅行社も名前も聞いたことのない小さな会社のようで、かきいれどきの正月スキーはとりあえずシロートのアルバイトを確保して送り込む。

こちら側の言い分を聞いて大阪の社長に連絡をしてまたその返事を聞くと言うまどろっこしいことになる。
21世紀のようにどこにいても携帯電話でつながる時代ではなく、10円玉をたくさん用意して公衆電話を探して電話をする、相手が留守だとおてあげの時代だった。

もうおばさんはパニックで泣出すありさま・・・でも客側も金が返ってこなければ宿賃も払えないし、買える交通費もなくなる。
互いに切羽詰っていった。
そんな日を繰り返して、3日目やっと社長がやってきた。
小さな旅行会社を切り回してきたと思えるような気のいいおじさんだった・・でも彼も大変な状況、一方的に客側がキャンセルしたと思っているわけで、苦しそうな交渉となった。

ついに町の駐在所へ社長を連れて行っておまわりさん立会いの下、交渉することになった。
古くから家族と住んでいるような温泉街の老おまわりさんは酔客や旅行客のトラブルにはなれているのだろう。
口出しはせずににこやかににこやかに両者のいいあいを聞いているだけだった。

そのうちに多勢と無勢社長はどんどん追い込まれていった。

客側はどんどんいきり立って、全額返金を言い張る、旅行社としては、少なくともここまでやってきたバス代、民食のキャンセルもほとんど返ってこないだろう、主催スポーツ店へのマージン等も必要。。大変な事態にこまっていたのに違いない。
バス代だけでももらいたいと最後は泣きつく・・・でも団体交渉だからこちらは突っぱねていくばかり話にならない展開となっていく。

おまわりさんに助け舟を求める・・

社長:「おまわりさん、きしなのバス代は返す必要ないですよねえ」

おまわりさん:「・・さあ・・・・」

とうとう社長は泣くおばさんと二人完全孤立・・しぶしぶ全員にツアー料金全額返金に応じる。
金は用意してきたようで、すべての客に返金できた。

ただ何人かは、手持ちの余裕がなく返金してもらえなかった場合帰ることもかなわないと、ツアーを中止してすでに帰阪してしまった客もいた。


まあとんでもないことが起こるものだ。
人のいい旅行社の社長はその後会社を大きく成長させることが出来たのだろうか。
それとも厳しい旅行業の戦いに負けていったのかもしれないなあ。

結果的にキャンセルにいたる盛り上がりのときは僕は後ろで見ていたわけだが、決まってしまったらもう逃げることは出来ない、なにが何でも結果を出す必要がある。

僕を含め数人が交渉役となり客側としてはほぼ100%回答を得た。

名前を交わしただけの男同士の硬い握手が勝利の美酒。
年は明けて二日であった。

人生にも旅にも困難なことはつきもの・・・
まけるな・・・まけるな・・まけるな・・まけるな・・・はははは

ああ人生は不思議が一杯で素敵だ。

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2006.07.26

雪国のメランコリー6    ~ママと女子大生~

挨拶もそこそこに二人はスキーウエアーに着替えゲレンデに向かう。
初心者コースのところからリフトをのって中腹の観光ホテル前に上ると中級コースがひろがる。

そこで初心者のLIBERTYに即席の講習会だ。
午後から僕は団体交渉で赤倉温泉のホテルロビーで集合することになっている。

付きっ切りで教えることがかなわないので究極のコツを教える。

「体は谷にいつも正対していること」
「足の親指で雪を抑えろ」
「谷に飛び込め」
「恐れるな飛べ」

それだけ教えてホテルに集合する前にヴィラに戻る。
はははは少しママと話ができたらいいななんて思ったり、バイトの女子大生二人もかわいいし。
バスで疲れてるし少し休んでいこうっと。

ママは東京の人だ、ご主人は食品卸の会社をやっているがママはチャンスがあったので夢であった山小屋風のロッジを立てたということ、なるほど都会の人が考えたような素敵なロッジだ。
家族を東京に残しひとりでやってきてがんばっていこうとしている。

バイトの女の子は神戸からやってきた女子大3年生。
アイちゃんは有名病院の一人娘のお嬢様・空手部のキャプテン。
すみちゃんはやはりおじょうさまで水泳部のキャプテン。

わーわー話が弾む昼下がり・・・
Akakura


さあこれから団体交渉に行って来よう。

いったいどうなってしまうのかあ。

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2006.07.25

雪国のメランコリー5    ~時空交差点~

ひゅんひゅんひゅん
1965年7月・・・

部屋をたずねてきてくれるK代・・・・・
一人ぼっちになってしまった僕をK代はひたむきに思ってくれていた。
なんどかのデートを重ねるが、僕はいらだっていった。
大好きなのにそれに埋没していくことはすべてが無に帰すような焦りがあった。
あたたかい、いごごちのよさはすべてを忘れさせてはくれるが、僕は今旅立たなければいけないんだ。
過酷な嵐の大海原に今船出するときが来た。

僕が今、のぞむものは、あたたかい家庭なのではなく、嵐の夜の海だ。
僕が今、のぞむものは、やさしいふところではなく、千尋の谷だ。
打ち続けよ、父よ、母よ・・・・・・・


そのようなことを言い訳にすることも出来ず、僕はだんだんとK代をとうざけていった。
思いやりのあるK代はなんとなくそれを理解したのか、何事もないかのように会社では振舞ってくれた。
そのあと彼女はその寂しさを紛らすかのようにLIBERTYと交際していったのだろうか。

ひゅんひゅんひゅん・・・・

民宿にもどり、荷物をまとめLIBERTYをつれてヴイラ赤倉に戻る・・・・
ママのことは何も話さないで・・・・

「どうもお!!!もどってきましたあ」

「あーーおつかれさまあ、はいはいどうぞどうぞ」

「おせわになりますう」

「はいはい、どうぞどうぞ、大変でしたね、大歓迎ですよ!さーさー入ってはいって暖炉にも火入れましたからとりあえず入って入って、すぐに朝食にしますからね、あっアイチャン!すみちゃん、スキーの板持ってあげて!」

「はーーーいい」

20さいぐらいの女の子が二人板をとり、立てかけてくれる。

ママはニコニコと僕達の荷物を取り上げる。

そんなままのしぐさやしゃべり方、はにかむような笑顔・・・K代とそっくりだ・・・
そのときLIBERTYが僕を見て、意味ありげに笑う・・・はははは彼も感じたんだ。

なにかとんでもない空間に紛れ込んできたのかもしれないぞ!

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2006.07.24

雪国のメランコリー4    ~ロッジヴィラ赤倉~

LIBERTYを残して民宿を一人出て、新赤倉に走る・・この前泊まった白田切荘へ行って見るつもりだ。
ゲレンデ前の好立地で一階はスキーヤーズ食堂になっている。
二人ぐらいならもぐりこめるかもしれない・・まあとりあえず当てもないのでそこへ行くしかない。

「おはようございます・・あのーこのまえお世話になったものなんですけどねー二人なんとか泊まれませんでしょうかあ、バスツアーできたんですけど民宿がキャンセルになって困ってるんです」

「えーーっそれは大変ですね、でも詰め込んで詰め込んで一杯なんでねえ・・・」
「あーーそうでしょうねえ、どこか空いてるとこないでしょうかねえ」

「・・・あそうそう1週間ほど前できたロッジがそこにあるんだけどお、行ってみはったら?」
「あっありがとうございますすぐ行ってみます」

そのロッジは白田切荘から2軒ほど下がった小さな木造の素敵なロッジだった。

Vuira


入り口のカウベルをならしてドアを開ける・・
「すみませんーー」

「はーーいい!」
ロッジの女主人だろうか40才ほどの小柄な女性が出てくる・・・
僕はしばらく言葉が出ずしばらく呆然と立ちすくんだ・・・・

僕が一番苦しかったとき支えてくれたK代と見間違うほどそっくりだった。
彼女が年をとればこのような素敵なママになるんだろうとその数秒間で僕は感じたのだ。
彼女は僕と別れたあとしばらくLIBERTYとも付き合っていたこともあり僕達は意気投合したものだ。

われに返った僕は来意を告げる。

「すみません、男二人なんですけど泊まれませんでしょうか?」
「あーーっどうぞどうぞ!開いたばかりでがらがらですからあ、歓迎歓迎!」
「わーーたすかったあ、では連れを迎えに行ってきます」

ヴィラ赤倉との出会いであった。

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2006.07.23

雪国のメランコリー3    ~民宿沈没~

スキーバス内は本来にぎやかなものだ。
でもこのバスは異様な静けさで沈んでいった。

そのまま深夜バスはほぼ全員が寝てしまい帰省バスのような雰囲気となっていった。
やがて朝がきてバスは国鉄妙高高原駅手前から国道を右折、新赤倉スキー場へと入っていく。
駅から歩いて1時間ぐらいでスキー場となる距離だ。

バスは上っていく途中で駐車場に入る・・あれーーここからやったらまだ歩いて30分以上はかかるで。
そして民宿もその場所にあった・・あっちゃー、遠いいい!・赤倉はゲレンデに近いので人気があるのにこんなとおかったらあかんで・・そこここで不満の声がでるが仕方なくみんな民宿に入り部屋に案内される。

がらんとした大部屋の数箇所に入る。
何か手違いでもあるのか、お茶も出なく朝食の案内もないまま・・だんだんみんなの我慢が切れてくる。

口々に不満の声が上がる。

僕は事の成り行きを見守る・・・・過激な発言をするものも現われてくる・・・

「こんなんあかんで、金返してもらおうや」
「せやせや、ほかいこ」
「せやけど正月やから空いてる宿はないんちゃう?」
「ちゃーも出てけえへんやん」
「あいそわるいし」
「ゲレンデからめちゃとおいやんそんなん聞いてないで」
「宿変えてもらおおで」
「添乗のおばはんよぼうや」
「かねかえしてもらおうで」


口々にそこかしこから意見が出てくる・・そのぐらい不満がたまっていたといえる。
僕は事の成り行きを見守っているだけ・・・はははは・・これはえらいことになりそうやな・・
もし宿をキャンセルってことになったら、この前行った宿に行ってみよう。。でも正月やからなあ。

添乗員の「おばさん」がやってくる・・・吊るし上げがはじまった。
「みんなキャンセルして出て行くって言ってる、すぐ会社に連絡して金返すようにゆうてえな」
「それともゲレンデに近い宿に変えてや」

「えーーそんなどこも空いてるわけないしキャンセルなんてできません」
「あかんあかんこんなん契約違反や」
「みんなそれでええな、キャンセルやで」

そのぐらいから僕は全面に出て行く、
「わかった、みんな覚悟いい?、宿ないかもしれんで、各自自分でさがさなあかんし」

「おばさんそしたらすぐ会社連絡して金持ってくるようにして、その返事あと2時間後みんなあえずみんなここへ集合して今後のことの連絡することにしよう」

数組での管理体制が出来上がり残る人たちに伝えられる。
あわただしく荷造りを整え飛び出していく、年末年始のスキー宿は空など考えられないのだけどこの民宿はもうすでに沈没していく、それぞれが二人組みがほとんどなのでなんとかもぐりこむスペースがあるかもしれない、そんなわずかな希望をもって30分のゲレンデの方へ上っていく、新赤倉は宿も少ないのでそこからまだ南へ15分
あるいてやっと赤倉温泉街だここはたくさんの宿があるのでなんとかみんなもぐりこんで欲しいものだ。

僕はLIBERTYを残して宿の確保に走る。
みんなより少しでも早く行かないとどんどん空きは無くなるわけだ。

あーーいったいどうなってしまうのかあ!

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2006.07.22

雪国のメランコリー2    ~北へ行くバス~

針中野駅前のバス駐車場は正月を信州ですごす若者でごった返していた。
色とりどりのスキーヤッケに身を固め、みんながはしゃいでいた。
当時の若者の遊びとしては、最高の贅沢であったからその旅に期待することは大きなものがあったのだ。

スポーツ店が顧客のために募集したバスツアーであったからそれぞれ2,3人づれの客がほとんどでそれも男だけ女だけという時代であった。
それだけにツアーはその旅で異性と触れる機会があって何かの出会いを期待するというような時代であったのだ。

僕はフォークギターを抱えていたし、そのような中でヒーローになることも経験をつんでいて二人はこのたびが最高の思い出になるような期待にわくわくしていた。

バスは2台が到着した。
一台は白馬高原栂池スキー場、もう一台が僕達が行く妙高高原新赤倉スキー場行きであった。

バスへの乗り込みが始まる、そのときあることに気がついた。
われわれの新赤倉行きのバスに女性客が乗り込まない・・・・あれーー
当時としては白馬高原栂池は一般によく知られていて女性客にも人気なのだが、新赤倉スキー場は新しくあまり知られていない。

隣の赤倉温泉スキー場は日本スキーの発祥時代にまでさかのぼるがそれだけに古く温泉歓楽街の雰囲気があって若者には余り人気はなかった。
新赤倉はその北側に広がっているゴルフ場が冬の積雪時にスキー場として開放され中央に新赤倉高原ホテルがある。

国立公園内であったが特別に周辺にロッジが作られていって新しい観光の地として売り出そうとしていた。
赤倉と共に宿の前がゲレンデという好立地のスキー場であった。

バスが針中野を出発する・・補助席まで使ったバスは60人は乗って居ただろうか・・その中で女性客は一人だけそれも「わしなあ、ぎゃははは」って一人騒ぐ・・・・・えーーーーそんなことありなん?

バスの中はみんな押し黙り異様に沈んでいった。一人の女性客だけが騒がしかった・・・・・・・・・・
このまま行けばせっかっくの正月休みは民宿でも男だけの合宿生活の様相を呈してきていて少しづつそれぞれの胸に絶望感が蓄積されていった。

いったいどうなってしまうのかあ!

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2006.07.21

雪国のメランコリー     ~プロローグ~

1970年の暮れ・・・・

LIBERTY(HN)と僕は梅田リーブルにいた。

「おい、正月どうする?」

「うーーん別になんも」

「12月はじめに晃三らと妙高の新赤倉にいってんけどな、ええとこやったで、二人でいこか?サラリーマン最後の正月休みになるやろうしなあ」

当時会社は僕達36年入社組みと41年入社組みの社員が地方にもたくさん分散していてその間を
二人が結び、社内の親睦等で中枢を担っていて成果をあげていた、さまざまなイベントをこなして仲間が増えていった。

春に彼は会社をやめ同期の友人と会社を起こし、空調、アンテナ工事の仕事をやっていたが成果が上がらず仲間は解散一人でほそぼそとしのいでいるときであった。
そんななか、夢を語るうちに二人で何かやろうということになっていった、僕にとっても会社では目一杯いろいろなことをやって半ば札付きの「荒らし」になっていた。

課長部長とは技術的なことで争ったり、営業所には仕事の上でのトラブルで怒鳴り込んだり、社内の独身女性とは次々とうわさがあがり、そのご仲間と結婚していくようになるなどで、居場所が無くなってきた。

社内では関西に風折留亭ありといわれるようになっては居たが、所詮会社内でのこと、新しい技術革新についていくのは真っ先に自分の役目になっていく羽目となってくると、教育のない僕には原書を見てもついていけなくなってくる。

そんなことは隠して第一人者とよばれていくことで守りに入っていく自分がわかっていった。
技術との戦いが詭弁での戦いとなっていくことが耐えられなくなっていったともいえるだろう。
軽蔑していた古い体質の課長と同じ道を進んでいく自分に気がついていった。

技術屋に絶望する思いが強くなりすべての方向が新しい旅に出なくてはいけないというはめになっていった。

LIBERTYが答える

「スキーですかあ、あまり行ったことないけど行きますか」

「うん僕は年末忙しいからスキーバスの申し込みしといてや、それなら一切セットになってるから楽やし」

彼の仕事の地元の針中野の山本スポーツのスキーバスツアーに予約を入れた。

出発当日ギターと板を抱えて、二人針中野に行く。

そこにはたくさんの女性もいて、これからの素敵な旅の始まりを予感させて二人は顔を見合わせにんまり。

旅にはさまざまな障害がつきもの・・・・・
そのたびは思いもかけないとんでもない物となっていった。

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