電脳論16 撓めが奇跡を生む
相変わらず、もっともっと究極の局面の連続である。
新店開店したのもつかの間、その形を受けて4店舗もの依頼が来た。
折衝を続ければ続けるほど、受けざるをいけない羽目に陥ってきた。
それも開店期日の取り合いとなってきて同時OPENか?てな様相・・・・・・まあまだ決まったわけではなくそのうち何店かわ脱落の可能性もあるが「不撓不屈」の精神で立ち向かうのみ。
逃げるわけにはいけない、・・・づっと逃げないでやってきた・・・・・・・
長男、次男、と僕で開店準備室が開設された。近いうちにシステム担当も駆けつける。
やるしかない、逃げない。
駄目な理由ならいくらでもあげることは出来る。「不撓不屈」は理論ではない・・・・・自ら作ってきた世界だ。
僕のいう「撓め」は若いころは「矯め」に近い感覚つまり金属を曲げる行為に近かった。
経験をつんで、壁を乗り越えるに従い「それに加えて「押し込む」ような感覚・・・たとえて言えば次のような感じだ。
生まれたころは自分の世界は手の届く範囲、見える範囲が人生の全てであった。
育つに従いその世界は広がっていく、それは己の意思とは無関係に広がっていく。
自転車に乗れるようになったら、少し冒険して今まで行ったことのない隣町まで走っていく。
新しい世界を見ることになる・・・そのような経験をつづけて自分の地図を作ってきたのだ。
あるときは犬にほえられその付近には近寄らなくなる、徐々に広がっていく地図がいびつになっていく。
あるいはおまわりさんに怒られてあまり遠出をしなくなったりする。
そんなときが「魔界」の罠にはまるときだ、自分の居心地のよい場所にしか行かなくなる。
それは地図の領域を広げていくことにはならないでその居場所を掘り進むことになる。
それが社会的に認められる分野という宝物がうまっていたりすると、それは「天才」の道だ。
でもそんな場所はなかなかないのが普通だし、深く掘ることも困難を極める・・・ただただその場所でうろつくのみだ。
そうなってきたとき、僕たちは思い切ってその場所から逃げようとするが逃げようとする必要はないのだ。
その周囲を押し広げるように広げては戻ってきたほうがいい。
やがていつの間にか居場所は広がっているのだ。
行ったことのない場所、苦手で近寄らなかった場所には必死でもいいから行ってみよう。それでしか世界は広がらない。
自分の性格を変えようといろいろ世界を広げる作業を続けてきた。
でも世界を広げれば広げるほどだんだんと見えてくるものがある。自分の元居た場所は今もしっかりとあるということだ。
性格を変える努力なんて要らない、それはそれで大切な心なんだ。その周囲にどんどん広げていくことだ。
性格なんだからとあきらめることはないその周辺の世界を広げることでそんなことは無関係だとわかってくる。
大冒険が待っている不思議で素敵な世界は誰にでも広がっているんだ。
大きな世界を作ることで一杯の奇跡を受け取るのだ。
「不撓不屈」はその先でしかはっきりと理解できないことなんだなあ。
p.s.
そういうことでここ2ヶ月ぐらいはまたまた不眠不休となる。
ということで時々消息確認のためと業務連絡で書くことがあるでしょう。
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