カテゴリー「■■新青春のわだち」の5件の記事

2007.07.01

新青春のわだち 5 女先生

ある日の放課後、帰路の野田商店街を歩いていた。
そのとき僕を誰かが呼んだ。

「は○もと君!」

目の前になつかしい”まきこ先生”が少しはにかみながらにこにこして立っていた。

「あっつ!先生!、どうしてここにいるんですか!」
「うん、そこの小学校で、学会があるんよ!、元気だった?(^_^)」

「あはい」
「そうよかった!じゃあ(^_^)」

「あはい」

手を振りながらすれちがって中学時代を思い出していた。

ひゅん ひゅん ひゅん・・・・

ある日の放課後、僕は校舎と校舎の渡り廊下を歩いていた。
そのとき誰かが僕を呼ぶ・・・・

「は○もとくん・・・・」

振り返ると、校舎の陰から少し顔だけを出した”まきこ先生”がいた。

少しはにかみながら笑顔で僕を見ていた。

「あーせんせい!」

「ねえ、こんど家に遊びに来ない?(^_^)」

「えっ!あはい!」事の成り行きに呆然としながら、断る理由もないし、大好きだったまきこせんせいが僕を家によんでくれたんだ。。。

まきこ先生は大学を卒業して初めて赴任してきた理科の新任教師だった。
素敵で、おねえさんのようで僕達に人気があった。
からかいの気持ちもあってよく質問をした。

教員室にも押しかけて、いろいろ教えてもらう。
机の引き出しにはいつも飴玉が入っていてそれを貰うのも楽しみだった。

いつしか他愛ない交換日記をするようになっていった。

ひゅんひゅん ひゅん・・・・・

中学校を卒業して、まきこ先生のこともすっかり忘れていたのだったけど、路上で偶然出会ってなにかどきどきしていた。

それから半年したころ、風のうわさに”まきこ先生”がなくなったことを知った。
一人広大な屋敷に住んでいた少女のような謎の「女先生」の身の上に何が起こったのかと、うろたえたりしたけどそれ以上僕がどのように行動するべきかもわからず、一人その想い出を心の奥底に秘めて埋没していった。

人生は一人一人に確実に存在しているのだけど、人生を歩き出した僕には自分の身の上に精一杯で大切な人を失うことの悲しさもよくわからず過ごしていた。

「青春」とは「若い」ということならそれはただ言葉で知っただけの人生で、なにも知らなかったんだと思い知ったのはそれからずいぶん年月を経て、幾多の悲しさを経験しなければいけなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.06.20

新青春のわだち4 どこへ行くのか

そんな中僕は大学へ進みたいという思いを断ち切れないでいた
大学生が革命を起こそうとしている。
そこにまだ見ぬ世界が待っている・・・・・魅惑に満ちていた。


中学の担任との面談で、貧しかった我が家からは大学に行かせる余裕はなく年老いていた両親は担任の「この子は東大でも行けるから」という途方もない勧めを断り実業高校へ行くことをきめた。

僕はあまりそのことの意味を理解することもなく担任が僕に「実業高校からでも大学に行けないわけではないからがんばって欲しい」って慰めてくれたことも、その意味と担任の深い愛情を理解することはなかった。

実業高校から大学へ進むということは当時ほとんどなく、当然就職し親の助けをすることが普通の時代だったのだ。

その中で同級生の加藤君はやはり大学を目指していた。
進学するにはどのような方法があるのかなど語り合っていくうちにその現実の厳しさがますます理解されてきた。

親に金銭に余裕がある家庭は私学に進むことで方法はあるのだがそうでないものは学力だけで挑むしかない、しかし実業高校では日常の勉強はまったく大学向けのものではなくむなしい時間が続く。
また予備校とか受験に向けた資料もない時代、孤立無縁な僕たちには途方もない壁が立ちはだかっていた。

ただ、クラブに打ち込む以外になかった。

夏が来て冬が来てまた春が来る。

その間にも、通学の朝の路面電車では文庫本の少女は変わらず清楚でいた

でも僕は少し荒れていた
少年が大人に変わっていくために誰もが通ることであった。
世の中が大人に対して激しく戦っている、僕は自分の夢がわからないでいる。
夜更かしをしては学校に遅れていく、勉強もする意味がなくただ音楽を聴き、クラブ活動で汗を流し、聞きかじった社会の現象について語った。

朝遅く起きるといつもの路面電車では間に合わなくなると、バスに飛び乗り終点近くの乗換駅で路面電車に乗り換えることが多くなってきた。

そのとき同じようにバスを降り、路面電車の停留所に走る長い髪の少女がいることに気がついた。
もうすでに大人の淫靡さを持つようなその少女に僕は心を奪われていった。

長い髪の少女に出会うためにいつもバスに乗る僕があった


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.06.19

新青春のわだち3 風が吹く

高校生になって感じたことは人生は社会に生きることなんだということだった。
それは、中学時代に読んだ「次郎物語」でなんとなく感じていたことだった。
物語は、戦前、政治への庶民の運動のような展開で未完のまま終わっていた。

そして社会は今、戦後の復興期となりその抑えられていた若者の思いが爆発しだしていた。
時代は僕たちが変革し作っていくのだという思いであったのだろうか。
戦前までのある種の弾圧から解き放たれた庶民は、自分たちの社会を作るためにということのため国家に異議を唱えだしたのだ。


戦後の経済の変革により、さまざまな部分で争いが発生して行った。イデオロギーや労働者の権利擁護が戦後民主主義のテーマであったからそれは労働者団体と大学生が中心となりその激しい戦いが燎原の火のごとく日本中に広がっていった。

日本は大東亜共栄圏という名の元、東アジアの覇権を求めて無謀な戦争を引き起こし、やがて敗北する。連合国の支配下に置かれたとき、米国は日本が共産圏に組み込まれることをなんとしても阻止するべく日本の完全な占領国として守ったということが新しい時代にはそれが、時期世界戦争の最前線基地として米国を守るために捨石となるという危惧がとなえられ、新しい日米安全保障条約を阻止するための社会運動が発生していった。

1960年6月の日米安全保障条約の批准阻止に向けて日本中が社会運動の激動の時代に突入していった。
その規模は日に日に大きくなり全国の労働団体、大学、文化人が数十万規模で路上にあふれていった。
demo
僕たち高校生は事の成り行きに呆然としながら、やがてクラス討論がなされるようになり日曜日は大学生のデモ行進に参加するものも出てきた。
僕も大阪扇町公園での集会に参加したりするうちその膨大なエネルギーに触れ精神の高揚と何かをしなければいけないという突き上げるものがあった。
ただ、そのころの高校生はデモを面白いからという気分で捉えるものが多く運動の当事者もあまり快くおもっていなかった節があり巻き込むことへの躊躇が感じられた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.06.13

新青春のわだち2 時代

kemuri 彼が通う実業高校は、その都市の西北地区で大工場から町工場までひしめき あう町の一角にあった。
明治の富国強兵政策により、大量の職工を必要としたために創立された日本最
古の実業高校であったのだ。

彼や彼女が住む港湾に近い町は戦後の地盤沈下により、埋め立て造成されて
町並みはすべて新しく作りなおされたが、低所得層が住む、地域であって、新しい時代の到来を期待しつつ、ただ働く以外知らないといった、家庭環境の
中で育って来たのだ。


 通学の路面電車では、やはり彼女は、文庫本を必ず読んでいた。
彼もやはりよく文庫本を読むことが多く、彼女とは目を合わせることもあまりない。そんな時代なのであった。
 男子校の彼と女子校の彼女がお互いの存在に気がついたとしても、声をかけるという事は全くない、そんな時代であった。

彼はひたすら、学び、運動に励み、新しい知識を得ることに目を輝かせ
夢を培っていった。
彼女も又そのような時代を生きていたのだろう。

そのように夏が過ぎ冬が来て春になり又夏が来る。

季節は巡っていった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.06.12

青春のわだち1(リメイク版) プロローグ

wadati青春のわだち プロローグ

 僕が住んでいるのは、とある都市の海に面した町である。
昭和30年代はまだ路面電車が走っていて、片道40分の都心の
実業高校へ、3年間通うことになった。
romen

通いはじめてすぐ、2つ目の停留所から乗ってくる
女子高校生がいることに気がついた。

 僕の学校がある終点の停留所から、まだ郊外へ向かう
私鉄に乗り換えていく、清楚,可憐な少女であった。

いつも文庫本を読んでいるその少女はそれから3年間僕とほぼ毎朝その満員の、通勤通学路面電車で見かけることになったのである。

 昭和30年代は日本が大きく変革を始める胎動期であった。
敗戦の精神の荒廃と、貧困の生活の中に、新しい時代が近づいていることを、均等に貧しかった庶民が夢を膨らませ、禁断の消費文明を手に入れようとしていたのだった。
 大都市の中の町工場がどんどん大きくなり、煤煙と亜硫酸ガスの中で、大人達はひたすら働き、子ども達は皆平等にその時代を生きていた。

新しい時代は怒涛の勢いでやって来ようとしていた。


P.S.

最近仕事の上でプロジェクトが次から次と押し寄せていて、なかなか記事がかけない。
そこで過去に書いた記事の時代へエスカル号でもう一度言ってこようと思いついた。

新しく思い出したり、間違っていたりする部分を書き込みながら写真を追加したり、書いていくことにする。
まずは二人の息子が高校一年と高校3年になる2年前に僕の高校時代を書いておこうとこのブログを立ち上げるきっかけとなった「青春のわだち」を再録することにする。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)